ささやかな終末

小説がすきです。

2010年代の小説 マイベスト10

はじめに

  もうすぐ2010年代が終わるらしい。まったく実感はないけれど、カレンダーを見るに確からしいのだ。


 2010年から2019年にかけて、たくさんの小説を読んだ。笑ったり、泣いたり、驚いたり、楽しくなったりした。それならば、一年につき一冊ずつ「いちばんおもしろかった本」を選んでいけば、私なりの2010年代の本ベスト10ができあがるのではないか、と気づいたのは、つい三週間前のことだ。

 

 選定は困難を極めたが(何せおもしろい本が多すぎる!)、この10年間に読んだ小説たちのことを思い出していく時間は、言葉にしつくせないほどしあわせなものだった。

 

2010 『ふたりの距離の概算米澤穂信

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

 

 奉太郎はマラソン大会を走りながら、新入部員の心変わりの理由を推理する。……彼女が入部を取り止めたのは、本当に千反田のせいなのか? 古典部シリーズ第五弾。


 この年の冬、『春期限定いちごタルト事件』を始めとする小市民シリーズを読んで、ほろ苦い青春ミステリにはまった。古典部シリーズは小市民シリーズと比べて、主に装丁の面で取っ付きにくく後回しにしていたのだが、いざ読み始めてみると甲乙つけがたいほどおもしろくて、すぐに最新刊まで読んでしまった。
 

 走りながら推理するという前代未聞の設定がまずおもしろい。古典部員とは追い抜かされる一瞬しか話せない状況の中で、これまでに起こったいくつかの事件とささやかな違和感を思い出しながら、次々と真相に迫っていく奉太郎に感嘆した。手はどこまでも伸びるはず、ならば彼はいつか手を伸ばすのだろうと、そんなことを思った。

 

 2011 『いわゆる天使の文化祭』似鳥鶏

いわゆる天使の文化祭 (創元推理文庫)

いわゆる天使の文化祭 (創元推理文庫)

 

 もうすぐ文化祭という夏休みの終盤、葉山君が準備のために登校すると別館中に目付きの悪い“天使”の貼り紙が貼られていた。手の込んだ悪戯かと思いきや、事態はきな臭くなっていき……。市立高校シリーズ第四弾。
 

 2011年秋、『理由あって冬に出る』から始まる市立高校シリーズを読んですっかりはまった。12月に新刊が出る、と知って楽しみにしていたところに、この『いわゆる天使の文化祭』である。『文化祭オクロック』『クドリャフカの順番』などを読んで“文化祭ミステリ”と聞くだけで胸が躍るようになっていた私の、好みの中心を射抜く作品だった。


  今真相を思い出すだけでも鳥肌が立つ。この衝撃はいつまで経っても忘れられない。市立高校シリーズは2016年の『家庭用事件』以降なかなか刊行がないが、ぜひ続いてほしい。気長に待っていようと思う。

 

2012 『サクラダリセット7 BOY, GIRL and the story of SAGRADA』河野裕

 

  能力者の街、咲良田。すべての記憶を保持できる高校生・浅井ケイは、世界を三日間だけ巻き戻せる同級生・春埼美空と共に奉仕クラブの一員として助力している。だがそれは二年前に死んでしまった女の子を生き返らせる方法を探すためで……。シリーズ最終巻。


 完結してから読み始め、ほぼ一気読みした。2010年代、私はたくさんのライトノベルを読んだが、いちばんおすすめのシリーズは、と聞かれるとこの『サクラダリセット』を選ぶ。それくらい好きだ。


 主人公のケイは、誰も彼もが幸せでありますようにと祈り、幸せを守ろうと行動し続ける。彼の思考は美しく、それはそのまま文体の美しさにも繋がっている。さまざまな伏線がシリーズ全体に散りばめられていて、すべてが回収されていく爽快感は何物にも替えがたい。


 2016年から2017年にかけて、角川文庫版が出版された。2017年にはアニメ化も映画化もされた。とてもうれしいことであった。

 

2013 『命の後で咲いた花』綾崎隼

命の後で咲いた花 (メディアワークス文庫)

命の後で咲いた花 (メディアワークス文庫)

  • 作者:綾崎 隼
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/01/25
  • メディア: 文庫


 春、教員を目指して第一志望の大学に入学したなずなは、年上の同級生・羽宮透弥にピンチを救われる。こちらを突き放してくるけれど肝心なときには優しくて、どこか陰のある透弥に惹かれたなずなは、意を決して想いを伝えるが……。デビュー五周年記念作品。


 ノーブルチルドレンシリーズ、花鳥風月シリーズや『INNOCENT DESPERADO』を読んだ後、満を持して単行本の作品に挑んだ。ワカマツカオリさんの表紙も本当に美しい。私が、単行本を持っているのに文庫を買った、初めての本である。


 “たとえば彼女が死んでも、きっとその花は咲くだろう。絶望的な愛情の狭間で、命をかけて彼女は彼のものになる。” このコピーの意味がわかったとき、涙が溢れてきてしばらく止まらなかった。構成もとても秀逸で、何度も何度も読み返して浸りたくなる。恋愛小説をあまり読まないひとにも、この本は全力でおすすめしたい。

 

2014 『いなくなれ、群青』河野裕

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

  • 作者:河野 裕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/08/28
  • メディア: 文庫

 

 人口二千人ほどの小さな島、階段島。ここがどこなのか、なぜ自分はここにやってきたのか、ここにいるひとたちは誰も知らない。この島での安定した日常を受け入れている高校生・七草は穏やかに過ごしていたが、彼の前に幼馴染の真辺由宇が現れて……。彼女だけはこの島に現れてほしくなかった。その理由とは、そしてこの島の意味とは? 階段島シリーズ第一弾。


 新潮文庫nexの第一回配本。河野裕竹宮ゆゆこ相沢沙呼似鳥鶏、といった名前が刊行予定のラインナップに上がっているのを見たときには、狂喜乱舞した。この、私の好みの作家さんたちを集めてきてくれたような新レーベルはいったい! 発売日は忘れもしない8月28日で、学校帰りに買いに行ったのである。


 情景描写の繊細な美しさ、七草と真辺の人物設定の妙、ピストルスター、そしてやがて明かされた真実の残酷さ。どこをとっても胸を穿つ。まさに“新時代の青春ミステリ”だ、と思わされた。めちゃくちゃ好き。


 2019年にはシリーズが完結し、映画化もされた。いつかロケ地巡りをしたい。

 

2015 『つれづれ、北野坂探偵舎 感情を売る非情な職業』河野裕

つれづれ、北野坂探偵舎 感情を売る非情な職業 (角川文庫)

つれづれ、北野坂探偵舎 感情を売る非情な職業 (角川文庫)


 作家と元編集者は、今日もカフェで背中を向けあってストーリーを作っていく。言葉の一つひとつに神経を尖らせ、小説に愛情を持って。そんな二人の元には、ときおり幽霊絡みの相談が持ち寄られ……。名コンビの過去を描いたシリーズ第四弾。


 階段島シリーズの影に隠れてひっそりと完結した感は否めないが、とても好きなシリーズなのだ。小説を好きなひとにはもれなく、彼らを始めとする登場人物たちの言葉や姿勢が刺さるはずである。


 一巻から三巻までは、依頼を解決していくライトミステリーなのだが、この四巻からは一気に小説を巡る物語になっていく。元編集者・佐々波が編集者だったころのこと、そして優秀な校正者である彼の恋人の話が語られていき、終盤では心のいちばんやわらかいところをガツンとえぐられる。アップルパイをひときれ食べてため息をつく、その行為にこんなにも狂おしい意味を持たせた小説を、私は他に知らない。


 シリーズは2018年に無事完結した。もっといろんなひとに読まれてほしいなぁと、切実に思う。

 

2016 『小説の神様相沢沙呼

小説の神様 (講談社タイガ)

小説の神様 (講談社タイガ)


 右肩下がりの売り上げと酷評に苦しめられている高校生作家の千谷一也はある日、同じ高校に通う売れっ子美少女作家・小余綾詩凪と合作小説を書くことになる。小説を書く苦しみと、その先にある煌めき。「小説は、好きですか?」この一言から走り始めた、不器用な青春の物語。


 『午前零時のサンドリヨン』を読んでから、ずっと好きな作家さんだった。西尾維新、野﨑まど、野村美月似鳥鶏綾崎隼杉井光といった講談社タイガの執筆陣の中に名前があるのを見てから、どんな作品が読めるのか、とても楽しみにしていたのだ。


 小説を戦場にして、ずっと血を流しながら戦ってきたひとだけが書ける物語だった。傷つくことに怯えながら、それでも自分の身を削って書かれた物語が、私の胸の奥に楔を打ち込んだ。


 2019年、『小説の神様』の映画化が発表された。それと前後して、『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が年末のミステリ界の話題をかっさらった。なんだかとても感慨深くなってしまう。

 

2017 『狩人の悪夢』有栖川有栖

狩人の悪夢 (角川文庫)

狩人の悪夢 (角川文庫)

 

 そのホラー作家の別荘には、“眠ると必ず悪夢を見る部屋”があるという。推理作家・有栖川有栖がその部屋に泊まった翌日、近くの小屋で手首を切り落とされた女の死体が発見された。臨床犯罪学者・火村英生は捜査に乗り出すが、事態は混迷を極め……。シリーズ傑作長編。


 2016年1月期に放送されたドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』を観て、有栖川有栖にはまった。2016年の秋には火村シリーズも江神シリーズも読み、他の作品にちまちまと手を出しながら、連載中の長編『狩人の悪夢』が一冊にまとまる日を今か今かと待っていた。美しい装丁の単行本を購入したその日、手に震えが走ってなかなか読めなかったことを、昨日のことのように覚えている。


 不可解な殺人事件、論理を連鎖させて犯人を追い詰めていく推理の堅実さと美しさ、そして火村とアリスのバディの絆。読みたいものが余すところなく描かれている。前作『鍵の掛かった男』も大好きで、去年まではこちらの方を推していたのだが、2019年の今年、『狩人の悪夢』が念願のドラマ化を果たしたこともあって、現在ではどちらも同じくらい好きな作品になっている。

 

2018 『君の話』三秋縋

君の話

君の話


 僕には一度も会ったことのない幼馴染がいる。夏凪灯花。彼女は技術によって植え付けられた架空の記憶の中にしか存在しない人物だ。そのはずだった――。これは、出会う前から続いていて、始まる前に終わっていた、100パーセントの女の子との恋の物語。

 

 『三日間の幸福』を読んで以来ずっと大好きな作家さんがとうとう単行本を出す、ということで、とても楽しみにしていた。特典ペーパーがあると知って、大きな本屋さんに取り置きをお願いしたのをよく覚えている。

 

 章が終わるごとに鼓動が高鳴り、何度かは鳥肌が立った。込められたの想いの切実さはストーリーだけでなく文章や文体にも表れていて、句読点の位置や余白の取り方にさえ心地よさを感じた。千尋と灯花の挿話の一つひとつは丁寧に磨かれていて、私の理想を的確に撃ちぬいた。

 

 この、透明な祈りで満たされた静謐な物語が、波長が合う人のもとへ届きますようにと、今でも強く願っている。私にとって特別な一冊だ。

 

2019 『この夏のこともどうせ忘れる』深沢仁

(P[ふ]4-7)この夏のこともどうせ忘れる (ポプラ文庫ピュアフル)

(P[ふ]4-7)この夏のこともどうせ忘れる (ポプラ文庫ピュアフル)

 

 塾の夏季合宿で。憧れの兄妹の家で。夏祭りの夜に。高校生活最後の夏に。夜の海辺で。高校生たちの、いつかは過去になる濃密な夏のひとときを切り取ってガラス瓶の中に閉じ込めた、奇跡のような短編集。

 

 刊行予定リストを見ていたら、タイトルがパッと目に入ってきた。今年の夏は、素敵な夏を描いた作品を多く読んだのだけれど、その中でもとりわけ、心に深く残った一冊だ。2018年までは、好きな作家さんの、長編やシリーズものばかりがトップになってきたが、ここにきてこの作品しか読んだことのない作家さんの、かつ一編一編が完全に独立した短編集がいちばんになったことに、自分の中で何かが変わりつつあることを感じる。


 少年と少女が過ごす時間たちは、儚くて、退廃的で、溺れたくなるほど輝いてみえた。いちばん胸を穿たれたのは、四編目の「生き残り」だ。まっすぐに恋をする女子高生が、同級生の男の子の事情を深く知り、腕を取ってどこかへ行こうとする。ずっとどこまでも行けるわけではないことを知りながら、それでも永遠を手に入れようとする姿に、胸がじくじくと痛んだ。

 

おわりに

  あれもおもしろかった、これもおもしろかった、と思い出しながら選んでみた。紹介できなかった小説は無数にあり、番外編を書くことをひそかに目論んでいる。

 

 書いているうちに、「ベスト10と題するならば一位から十位まで順位をつけなければいけなかったのではないか?」という疑問が湧いてきたが、この企画の根幹を揺るがす大問題に発展する予感がしたので突き詰めないことにした。ベスト10(順不同)である。

 

 来るべき2020年代、私はどんな小説を読むのだろう。今からわくわくが止まらない。