ささやかな終末

小説がすきです。

2020年1~4月に読んだ小説 マイベスト10

はじめに

  気がつけば2020年も3分の1が過ぎてしまった。このブログは年に1回でも更新できればよいと考えて開設したものだったけれど、おもしろい小説が世の中にはあまりに多く、幸運なことにこの4ヶ月だけでもたくさんの作品に出逢うことができたので、紹介してみようと思い立った。

 

 次の更新は来月かもしれないし年末になるかもしれないが、定期的な更新よりも大切なものがある。早速紹介していきたい。

 

 

1.虻川枕『パドルの子』(ポプラ文庫)

 

パドルの子 (ポプラ文庫)

パドルの子 (ポプラ文庫)

  • 作者:枕, 虻川
  • 発売日: 2019/06/05
  • メディア: 新書

 

 夏休み直前、もうすぐ取り壊される旧校舎の屋上で、中学2年生の水野くんは水たまりに潜って泳ぐ美しい同級生・水原を目撃する。彼女が言うことには、この水たまりに潜ってたった1つのことを強く願えば、その通りに世界を変えられるらしい。実際に世界が改変されていることを実感した水野くんは、水原と一緒に世界を少しずつ変えていく。これは、パドルと名づけられたその行為を巡る、瑞々しい青春ジュヴナイルである。

 

 ファンタジー要素が強い小説なので、現実と違うところがあっても最初は「そういう世界観なのか」と捉えていた。けれど、少しずつ違和感が生まれてくる。やがて終盤に入って、あらゆるところに息を潜めていた伏線がしなやかに回収されていくのを見せられたとき、求めていた小説にやっと出会えた多幸感に全身を包まれた。すべてのエピソードが、ただきれいなだけではなくて、パズルを完成させる一ピースになっていたと気づいたときの驚きは筆舌に尽くしがたい。素晴らしかった。

 

 ‟きみとぼくだけしか知らない物語“は、読んでいてすごくドキドキする。この小説を読んでいても、水野くんや水原から「あなたも秘密にしていてね」と囁かれている気がして、共犯者になった感じがすごくいい。

 

 今の季節から夏にかけて、ぜひ手に取ってみてほしい1冊だ。

 

 

 

2.石川博品「たとえぼくたちの青春ラブコメがまちがっていたとしても、」(ガガガ文庫刊『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。アンソロジー4 オールスターズ』所収)

  

 

 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(俺ガイル)の新刊が出るたびに好きな女の子に手紙を書いていた男の子がいた。この短編は、彼と彼女の9年間を追いかけた物語である。

 

 4冊発売された俺ガイルアンソロジーの収録作で、読者を描いたのはこの作品だけだった。だから目立って評価されたのだ、というひともいるかもしれない。でも、私は違うと感じている。設定も、ストーリーも、文章も、余韻も、すべてが素晴らしかった。

 

 詳しくは書かない。ただ、俺ガイルを最後まで読んだファンにも、途中で読むのを止めてしまったファンにも、この作品が届いてほしいと希っている。

 

 

 

 

3.伴名練「ひかりより速く、ゆるやかに」(早川書房刊『なめらかな世界と、その敵』所収)

 

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

  • 作者:伴名 練
  • 発売日: 2019/08/20
  • メディア: 単行本

 

 修学旅行から帰る高校生たちを乗せた新幹線が”低速化”して動かなくなった。親族や友人たちが嘆き悲しむ中、修学旅行に行けなかったため取り残された少年と少女は――。青春SF短編の新たな金字塔。

 

 このSF短編集に収まっていた6つの物語の中で、この「ひかりより速く、ゆるやかに」がいちばん強く印象に残っている。田舎に長く伸びる、真夜中でも光り輝く新幹線を想像してみる。1日経っても、1年経っても、時が止まったように動かない。当事者や関係者に乗っては悪夢だ。けれど、夢のように美しい光景だと、不謹慎にも思ってしまった。

 

 普段ほとんどSF小説を読まない私にも理解しやすく、おもしろかった。永遠に忘れられないだろうとも思う。この短編に出逢えたことを幸福に感じている。

 

 

 

4.長沢樹『夏服パースペクティヴ』(角川文庫)

 

夏服パースペクティヴ (角川文庫)

夏服パースペクティヴ (角川文庫)

  • 作者:長沢 樹
  • 発売日: 2015/12/25
  • メディア: 文庫

 

 気鋭の女性監督が企画したセミドキュメンタリー映画の撮影合宿にやってきた高校生たち。“事件”はすべてシナリオ通りの、はずだった――。青春の痛みと本格ミステリの醍醐味が両方味わえる見事な青春ミステリ長編。

 

 樋口真由が探偵役を務めるシリーズの、『消失グラデーション』(角川文庫)に続く第2作である。しかし、前作のネタバレは一切なく、前作の前日譚になっているため、本作から読んでも問題はない。むしろ、この『夏服~』を読んでから『消失~』を読んだひとの感想も聞いてみたいくらいである。

 

 途中までは精緻な描写が光る青春小説であり、“事件”が起こってからもその印象は続く。そのうちに現実と虚構の境目が曖昧になっていって、だから本当の惨劇が起こってもまだその状況の意味に気づけない。最後にはやるせなさの中にカタルシスも用意されている。かなり私好みの青春ミステリだった。

 

 その後すぐに読んだシリーズ第3作『冬空トランス』(角川文庫)もおもしろかった。樋口真由の物語の新作が出るといいなと思う。

 

 

 

5.天沢夏月『拝啓、十年後の君へ。』(メディアワークス文庫

 

 

 ある日突然、小学1年生のときのクラスメイトから送られてきた封筒には、10年後の自分へ向けた手紙を書いて埋めたタイムカプセルが入っていた。封筒から缶へ、缶から段ボール箱へ。形を変え、2年以上かけて彼らの間を巡り巡ったタイムカプセルは、やがて最後の1人の元へと辿り着き――。連作短編形式の青春群像劇。

 

 丁寧で素朴な群像劇にして、12年以上にわたって続いたある一途な恋の行方を追う恋愛小説でもある。思春期の彼ら1人ひとりが向き合う現実はまっすぐに澄んでいて、過ぎ去った日々がいとおしくなった。

 

 心が洗われる、という表現がこれほどぴったりくる小説もなかなかない。読み終えた後、全員の幸せを願った。私が天沢夏月さんの作品を読み始めるきっかけになった『七月のテロメアが尽きるまで』(メディアワークス文庫)と同じくらい好きな1冊になった。

 

 

 

6.西尾維新掟上今日子の設計図』(講談社

 

掟上今日子の設計図

掟上今日子の設計図

  • 作者:西尾 維新
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 〈學藝員9010〉を名乗り爆破予告動画をウェブ上に投稿した犯人と、眠れば記憶を失う最速の探偵・掟上今日子の直接対決。忘却探偵シリーズ第12作にして1年5ヶ月ぶりの新作にふさわしいサスペンスフルな傑作長編。

 

 今日子さんの体質に加えて時限爆弾まで用意されているため、前作までになくタイムリミットを意識させられる展開で、手に汗握った。犯人にいつになく追い込まれる今日子さんと、ビビりながらも側に居続けいつにない活躍を見せる厄介という、名コンビのいつもとは違う顔が見られたのがうれしい。2人の絆を随所で感じた。

 

 眠ると記憶を失ってしまう体質のため事件を1日で解決しなければいけない白髪の名探偵と、冤罪をかけられやすい体質のため今日子さんに何度も疑惑を晴らしてもらっている男が登場する、ということさえ把握していれば、この巻から読んでもまったく問題ない。

 

 ところで講談社BOXはどうなってしまったのだろう、と気になった。

 

 

7.野﨑まど『タイタン』(講談社

 

タイタン

タイタン

  • 作者:野崎 まど
  • 発売日: 2020/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

 これは、人間が“働かない”未来から鬼才・野﨑まどが贈る、われわれ人類へのギフトだ。

 

 あらすじを省いたのは、事前に内容を何も知らない状態でこの小説を読んでみてほしくなったためである。私はタイトルの“タイタン”が何を意味するのかも調べずに読み始め、想像力の限界よりも遥かに高い場所へ向けて駆け上がり続けるストーリーからすぐに目が離せなくなった。その興奮を他のひとにも味わってもらいたいという、これはただのわがままである。

 

 読み終えた今は、ずっと遠くの物語であると同時に、身近な物語でもあるのだと感じている。“働くこと”について、誰もが一度は悩むに違いないからだ。なんだかとても、救われた気がした。様々なひとびとにおすすめしたくなる長編SFだ。

 

 私の家に届いた『タイタン』からは、新しい紙の本特有の濃い香りがして、いとおしくなった。大好きな香りだ。

 

 

 

8.斜線堂有紀「神の両目は地べたで溶けてる」(講談社タイガ刊『小説の神様 あなたのための物語 小説の神様アンソロジー』所収)

 

 

 好きなものへの愛に正解や不正解はあるのか。マイナー小説家・水浦しずの熱狂的なファンである女子高生と、彼女に振り回される男の子の、小説への愛がたっぷり詰まったボーイ・ミーツ・ガール。

 

 1人の女の子に世界を変える力はない。どれだけ努力しても水浦しずが急にベストセラー作家になるわけではない。それでも、彼女の愛はどこかで報われていてほしい。彼の祈りが美しく響いて、泣きそうになった。また。タイトルがとてもよい。理不尽な目に遭ったとき口ずさむと勇気が出る気がする。

 

 2020年5月4日現在、こちらのサイトに全文掲載されている。エッセイ『荒木比奈を見つけた日、神の目がとろけた』もおもしろかった。気になった方はぜひ、ご一読あれ。

 

tree-novel.com

 

 

 

9.北山猛邦『踊るジョーカー 名探偵音野順の事件簿』(創元推理文庫

 

 

 ひきこもりで気弱な名探偵・音野順と、彼の性向を理解した上で何とかして社会との接点を作ろうとしている友人のミステリ作家・白瀬が依頼を受けて関わる、難事件の数々。名コンビのコミカルなやりとりとミステリの楽しみがふんだんに詰まった短編集。

 

 気の置けない2人のやりとりは狙っていないのにおもしろく、聞いていると微笑みが零れてくる。密室殺人に毒殺未遂、雪の山荘など、舞台設定はオーソドックスなのだが、トリックや発想が独創的かつおもしろいものばかりでどれも印象に残っている。

 

 音野は優しく、ひとの痛みに敏感で、真実を言い当てたとき傷つくひとがいることを怖がっている。白瀬は、それでも正しさを信じ、彼の背中を押してやる。とても好ましいコンビだ。シリーズ第2作の『密室から黒猫を取り出す方法』(東京創元社)もぜひ読みたい。

 

 

 

10.町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社

 

52ヘルツのクジラたち (単行本)

52ヘルツのクジラたち (単行本)

 

 家族に搾取されて生きてきた貴瑚は、大分の海辺の町に引っ越してきてすぐに、虐待を受けている少年と出会う。事情を知り、時間を共にする中で、2つの魂は徐々に共鳴し合う。やがて貴瑚がすべてを捨てて引っ越してきたきっかけとなった出来事が明らかになり――。苦しくて温かい長編小説。

 

 読んでいる間ずっと、暗い海の底で息をぽこぽこと吐きながら顔を上げて、射し込むかすかな光を見つめているような感覚がした。ストーリーは苦しかったけれど、文章や価値観は私に優しかった。52ヘルツのクジラというモチーフに、救われる思いがした。この物語を必要としている誰かの元に、まっすぐに届けばいい。そう願ってやまない。

 

 町田そのこさんの小説は、デビュー作の『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)から、4作目の『52ヘルツのクジラたち』まで、生と死への誠実なまなざしが印象深い、おすすめの作品ばかりである。本屋さんで見つけたら、ぜひ手に取ってほしい。

 

 

おわりに

  以上10作品の他にも、米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)や、萬屋直人『旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。』(電撃文庫)など、おもしろい小説を多く読んだ。別の機会に紹介できたらうれしい。

 

 5月には、杉井光が贈る青春音楽ストーリー『楽園ノイズ』(電撃文庫)や、佐野徹夜が描くタイトルがたいへん好みの新作『さよなら世界の終わり』(新潮文庫nex)など、楽しみな新刊予定がいくつもある。幸せだ。

 

 次の記事を書くまでに、本屋さんに行けるようになっていればいいな、と思う。