ささやかな終末

小説がすきです。

杉井光『楽園ノイズ』ネタバレ感想

 

はじめに

 

 杉井光『楽園ノイズ』を11ヶ月ぶりに読んだ。やはり傑作だった。

 

 ブログを書くのをサボっている間にいろいろなことがあった。昨年11月に刊行されたライトノベルのガイドブック『このライトノベルがすごい!2021』内のランキングで『楽園ノイズ』は新作4位文庫総合6位に輝いた。入賞を記念して寄せられた著者コメントの中では2巻を鋭意執筆していることが発表され、私は書店の外のベンチで買ったばかりのこのラノを握りしめ歓喜に打ち震えた。

 

 それからというもの、毎月の電撃文庫発売日の0時には必ず電撃文庫のサイトにアクセスするのが楽しみになった。2ヶ月先の刊行予定が発表されるのがその日のその時間だからだ。胸が痛くなるほどの期待と失望を繰り返すたび、このラノを読み直した。短いコメントは私の視界で燦然と光っていた。

 

 待ちに待った3月10日、『楽園ノイズ2』の文字が5月の刊行予定に掲載された。1巻からちょうど1年ぶりになる。著者がTwitterで書き上げたと公言してからは、約2ヶ月が経っていた。そのときの興奮といったら! もし発売されたら1巻と2巻を両翼にしてきっとどこまででも飛んでいける。本気でそう思った。

 

 そしてとうとう発売日前日がやって来た。私は念願の再読を解禁した。11ヶ月ぶりではあるが読むのは4度目である。ひと月に3回読んでしまうような中毒性があったため、封印していたのだ。久々に読んでも、やはり傑作だった。

 

 同時にこのブログのことも思い出した。否、ずっと頭の片隅では覚えていた。前回の記事で、後日『楽園ノイズ』ネタバレマシマシ感想を書くと約束したことを。誰との約束かと問われれば、1年前の私との約束だと答えるだろう。

 

 再読でまたしてもこの作品の虜になってしまった私は、驚くほど軽いキータッチで文章を書けている。今まで後回しにしていたのは何だったのだろうと思うくらいだ。「はじめに」がこんなに長いことからも分かる通り、簡潔とは言い難い記事になりそうだが、『楽園ノイズ』読者でお時間がある方は、目を通してくださるとうれしい。ネタバレを多く含むため、未読の方はご注意を。

 

 

楽園ノイズ (電撃文庫)

楽園ノイズ (電撃文庫)

 

 

5月のある晴れた朝に

 

 1年前の私がどれだけ『楽園ノイズ』刊行を心待ちにしていたかという話は、前の記事に詳しい。せっかくなのでぺたりと貼り付けておこう。同著者の『さよならピアノソナタ』という作品を長年愛していた私が、同じ青春音楽ストーリーである新作にどれほど期待していたかが書かれている。

 

happyend-prologue.hatenablog.com

 

 いそいそと読んだ新作は、期待を遥かに超える傑作だった。それが一時の熱から来る感想ではなかったことは、今日の私が証明している。何度読んでも、傑作だと感じてしまう。この本以外はしばらく読みたくないと思ってしまう。隙あらばページをめくり、パラダイス・ノイズ・オーケストラが響かせる音を聴きたいと願ってしまう。麻薬のような小説だ。

 

 読みながら出てくる音楽を調べたり聴いたりすることはしなかった。完全なオリジナル曲も多く含まれている。それにもかかわらず、耳の奥でずっと音楽が鳴っていた。凜子が叩く鍵盤の繊細な音。詩月が殴るドラムの正確なビート。朱音が掻きむしるギターの高音と切ない声。真琴が支える少し下手なベースの振動。4人のハーモニーが耳から脳へと伝い、やがて心臓をノックする。聴こえないはずの音が身体と思考をぐちゃぐちゃに乱す。気持ちよくて、ずっと浸っていたくなる。この快感は何かいけないものなんじゃないか。自分はとっくにおかしくなっているのではないか。そんなことを思わされたのは、この小説が初めてである。

 

 今回で読むのは4度目になるので、筋は頭の中に入っている。それでも涙が止まらないのはどうしてだろう。3章の真琴と凜子のセッションの場面や、クライマックスで電光掲示板に美沙緒先生からのメッセージが流れるところで、毎回泣いてしまう。そういうとき、私が決まって思い出すのは、著者の杉井先生が昔書いていたブログのこの文章である。

 

 どうやったら他人様が金を払ってでも読みたいと思うような小説を書けるのか?

 根源的な問いだ。僕はこれまで執筆中に迷うたび、何度も何度もこの問いに遡って考えてきた。登場人物の造形、プロット、描写、語句、ありとあらゆるレベルの選択において、この自問を迫られる。どんな小説にすればいい? どんな小説が金を払ってまで読みたいと思わせられるのか? ……今のところ、毎回同じ答えしか出てこない。もしかしたら他のもっといい答えがあるのかもしれないが、思いつかない。

 感動する小説、である。

 

hikarus225.hateblo.jp

 

    この考え方には賛否両論あるだろう。だが、私などはこの箇所を読んだ上で彼の書いた作品を読むと、「天才だ」以外の感想が浮かばなくなる。だって感動させようと計算して人々に感動を与えるなんて、神か魔法使いか最原最早くらいにしかできない所業ではないか。杉井光は、人々を感動させる小説が書ける。プロットを立て、キャラクターを配置し、そこに粒揃いに美しくて詩情に溢れた文章を叩きつけることで、読者の胸を熱くし、涙さえ流させることができる。しかも一作だけではなく、その気になればシリーズもので毎巻感動させることができる。これはきっと一握りの作家にしかできないに違いない。

 

約束の音が聴こえる場所

 

 杉井光の書くライトノベルの主人公はだいたい一緒だ、という旨の感想を見かけたことがある。なるほど、たしかに鈍感だが頭と口が回る少年ばかりだし、ついでに言うとヒロインもタイプが決まっている。10シリーズ以上も書いているのだから(ひょっとしたら20シリーズ以上?)似てくるのは頷けるし、くだんの感想も指摘しているだけで否定的なものではなかった。シリーズが違うとストーリーが違って、受ける印象もまったく変わってくるのだから恐れ入る。

 

 ところで『楽園ノイズ』では、杉井光スターシステム的な型から逸脱した、新しい登場人物たちが描かれているように思う。まず主人公の真琴の鈍感さが随分カットされているし、ヒロインに背中を押されるまでもなくかなり積極的に行動する。ヒロインが凜子、詩月、朱音と3人いるのに皆がおしゃべりで真琴へのアタックにも余念がなく、現時点では誰と結ばれてもおかしくない(し誰とも結ばれないかもしれない)。真琴たちは言いにくいことがあっても口をつぐむことなく相手に届け、それでも届かなかった部分を音楽に乗せて届けようとする。

 

 そして1巻の真のメインヒロインというべき女性は、華園美沙緒先生である。彼女だけが秘密を隠し真琴たちに何も伝えないでいた。けれど最終的には先生は真琴に電話で想いを伝え、クライマックスでもメッセージを届ける。伝えるべきことを伝えられなくて擦れ違ってバラバラになったあのバンドの二の舞にはならないと決意するかのごとく、パラダイス・ノイズ・オーケストラは早くも完全なるチームとして空に羽ばたいていくのである。

 

 1巻を初めて読んだときから、続編はきちんと用意されているのだろうと信じていた。だってヒロインズの問題があまりにあっさり解決しすぎたし、三学期の音楽祭でのカンタータというとびきり楽しい布石まで置いてある。そんなに長いシリーズにはならないだろうけれど、朱音中心の巻、詩月中心の巻、凜子中心の巻の3巻くらいは続くのではないかと思っている。実際がどうなのか、ひとまず明日発売の『楽園ノイズ2』を読んで確かめたい。

 

楽園ノイズ2 (電撃文庫)

楽園ノイズ2 (電撃文庫)

  • 作者:杉井 光
  • 発売日: 2021/05/08
  • メディア: 文庫
 

 

おわりに

 パラダイス・ノイズ・オーケストラがライブで披露するのは真琴が作詞作曲したオリジナル曲なので、私は夢を諦めることができない。そう、アニメ化である。『さよならピアノソナタ』は(当時のことは知らないのでこのラノ順位を見て語るに)『神様のメモ帳』と同等の人気を博していながらもアニメにならなかった。音楽著作権使用料が高すぎたからである(との噂である)。その点、出てくる音楽はクラシック中心でオリジナル曲も多く登場する『楽園ノイズ』なら、クリアできなくもないのではないだろうか。

 

 この物語の音は、あるいは文章に閉じ込めておいた方が美しい類のものなのかもしれない。しかし愛してしまった以上、映像化が成功し、相乗効果で原作もさらに大ヒットするという未来を考えずにはいられないのである。2巻の帯ではコミカライズ企画進行中であることが告知された。真琴たちがこれからどんな世界に飛び立ち、何を見るのか、楽しみでならない。