ささやかな終末

小説がすきです。

2014年8月の読書記録/七月隆文『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』ほか

前回の記事の最後で予告した通り、十年続いた読書ノートから十年前の読了本をいくつか取り出して並べてみる。できれば十年間、毎月続けられればいいなと思うのだが、さて。

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ひとまず第一回、2014年8月の記録。

 

 

七月隆文ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(宝島社文庫,2014)

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高校1年生の夏休み。たぶんだいたい8月8日くらいのこと。いつものように最寄りの本屋さんに出かけると、ひときわ目を惹かれる新刊を見つけた。不思議なタイトルだった。イラストは有川ひろ『植物図鑑』でおなじみのカスヤナガトさんで、著者名にもどこか見覚えがある。当時の私はすでに「書店での運命の出会い」をあまり経験しなくなっていたのだけれど(新刊情報をいち早く入手することはこの時点でライフワークとなっていた)、久々に一目惚れだった。それは本作で南山高寿が福寿愛美に対して落ちた恋と似ていた。

当時の感想にはこうある。

帯に「彼女の秘密を知ったとき、もう一度読み返したくなる」と書いてあるけれど、本当だった。二度目は、愛美の心情を追いながら読んでみたい。

二度読み必至系の惹句は、当時はまだあまりなかったように記憶している。2014年といえば住野よる『きみの膵臓をたべたい』やスターツ出版文庫発刊の前年だ。体感としては、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』のヒットから同系統の作品が増えてきたように捉えている。『ぼく明日』『キミスイ』の2年連続大ヒットはなかなかに印象深い。その頃はすでに「もう100万部売れる新刊は出ないでしょうね」との言説が出回っていたのだが、そんなことはないでしょう、小説もまだまだやるでしょうと、世界に対して何目線なのか分からないほくそえみ方をしていた記憶がある。

『ぼく明日』のあらすじはこうだ。ある日、大学生の高寿は通学電車の中で一目惚れをする。途中下車した彼女を追いかけて声を掛けると、別れのときに彼女が泣き出してしまう。その後、再会した二人は付き合うようになるのだが、彼女――愛美はよく何でもないところで涙を流す。次第に言動にも不可解な点が混ざりはじめ……?

秘密を抱えた彼女が、それでも目を円くして微笑んだとき、その笑顔を覚えているからこそ、私たちは高寿と一緒に過去を振り返って彼女の気持ちに寄り添いたくなる。避けがたい運命を二人で受け入れ、心を一つに歩いていくということ、のまぶしいきらめきが残されている一冊だ。

口コミでじわじわと火が付き、いつの間にか爆発的に売れていた。私はそれを、文化祭のステージで音を奏でる雪ノ下雪乃由比ヶ浜結衣を体育館の後ろで眺めていた比企谷八幡のように、満足げな顔で見守ったものである。

 

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②野﨑まど『[映]アムリタ』~『2』(メディアワークス文庫,2009-2012)

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野﨑まどという作家がいる。しばらく新作を出していなかったので、そろそろ名前に聞き覚えのないひとも増えてきたかもしれない。しかし、いるのである。時に奇才と称される、私のとても好きな作家だ。初めて知ったというひとも安心してほしい。再来月、実に4年半ぶりの新作を携えて帰ってくる予定だ。

野﨑まどと私の出会いは、2014年8月、からさらに数年遡る。この作家はメディアワークス文庫の創刊ラインナップにいたひとで、その年の電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を取ってデビューした。『[映]アムリタ』という小説を、私はいわゆる「ジャケ買い」した。表紙の女の子がべらぼうに好みの顔をしていたからである。彼女が最原最早という名前であることも、とんでもない人物であることも、知らずに読んだ。

今でこそ『[映]アムリタ』~『2』の野﨑まど初期6部作が一続きの物語であることは隠されていないが(新装版では6作とも森井しづきさんがイラストを担当するなど明らかに連作である顔をしている)、昔は周知されていなかった。2012年8月25日に『2』が出るまでは、おそらく誰もそのことに気づいていなかっただろう。当時の私はSNSをやっておらず、たまに同好の士を求めて2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の「野﨑まどスレ」を見に行っていたものだが、5冊がすべて同一世界上の物語であると予測できていたファンはいなかった。私も3冊目の『死なない生徒殺人事件』を読んでいない状態で『2』を読んでしまったくらいである。これは私の長い読書人生の中でもトップクラスの失敗だ。なので、今から野﨑まどを読むそこのあなた! 初期6部作は刊行順に読みましょう。厳密には刊行順でなくてもいい部分のだけれど(『パーフェクトフレンド』の前に『[映]アムリタ』を読むことと、『2』の前に5作全部読むことさえ守れば問題ない)、たぶん刊行順が楽だとおもう。

ここでは1作目の『[映]アムリタ』のあらすじを説明しておく。大学生の二見遭一は最原最早という少女に「映画に出ませんか」とスカウトされる。監督・脚本・絵コンテすべてを彼女が担っている作品だ。その「月の海」という作品の絵コンテを読んだ二見の身に異常なことが起きる。なんと彼は56時間その絵コンテを読み続けてしまったのだ。

公式のあらすじには「異色の青春ミステリ」とある。たしかに謎があり、青春がある。しかしほんとうに異色だ。初読の感想は残念ながら残っていないが、どうやら2014年8月に久しぶりに読み返した私は綺麗さっぱり、オチまで忘れた状態で読み返すことができたらしい。なんて幸福なひと。今の私は筋をすべて説明できるが、そういえばこのとき以来読み返した記憶はない。読み返さなくとも、最後の一文までもをはっきりと思い出すことができる。この月に私は『[映]アムリタ』から『2』までの6作を読み返しているのだが、『2』の感想だけは空欄になっている。読書ノートを始め立てであの小説の感想を書くのはきつかったらしい。どこから手を付ければいいか分からなかったのだろう。しばらくぶりに読み返して宿題を取りに行くのも一興かもしれない。

そういえば『2』を読んだときのような衝撃は久しく味わえていないし、野﨑まどに代わる奇才にも出会えていない。かくなる上は野﨑まどに4年分が詰まった新作を引っ提げて帰ってきてもらうしかない……と思っていたら、数日前に新作のタイトルが発表された。『小説』というタイトルであるらしい。今のところ、詳細不明。とてもうれしい。

 

河野裕『いなくなれ、群青』(新潮文庫nex,2014)

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2014年8月28日を、私は数か月前から楽しみにしていた。この日は新潮文庫nexの創刊日。『サクラダリセット』の河野裕や『とらドラ!』の竹宮ゆゆこが第一回配本のラインナップにいるだけでもワクワクするのに、好きな作家の名前が複数あるアンソロジーが出たり、次の月には相沢沙呼の新作も出るのだからたまらない。幸いにも学校が昼までの授業だったので、一緒に下校した友人と連れ立って駅の書店に行き、越谷オサムが好きな彼女にアンソロジー『この部屋で君と』を勧めて、自分は『この部屋で君と』と『いなくなれ、群青』を買って帰った。

あらすじはこんな感じ。語り手の高校生・七草少年は「捨てられた人々の島」で穏やかに暮らしている。そこでは携帯電話の電波は届かず、インターネットに書き込むこともできない。島に来た人間はもれなく島に来る前後の記憶を失っていて、どうやって自分がここに来たか説明できない。何よりその島からは普通のやり方では脱出することができず、出るためには「失くしたものをみつけないといけない」とされている。島の中央には長い長い階段があり、のぼり切った先では魔女が暮らしているらしいけれど、ほんとうのところは誰も知らない。七草少年はある朝、海沿いの道でセーラー服の少女をみつける。彼女の名前は真辺由宇。七草の昔の知り合いにして、彼がもっとも会いたくなかった相手だった。真辺は島から出ようと試み、七草はそれを手伝うのだが……。

『いなくなれ、群青』から始まる階段島シリーズは全6巻、ちょうど平成の終わりと共に完結した。しかし単体でも(いくつかのさりげない伏線は残るものの)とてもおもしろく読める。五感に訴えかける美しい情景描写、七草から真辺由宇へのひと言では言い表せない複雑な感情、真辺由宇のまっすぐな性格、そして階段島の真実。それらが落書き犯捜しや島からの脱出といったメインストーリーにおごそかに絡みつき、一つの物語を形成している。十年前の私は、間違いなく一瞬で心奪われた。今の私にとっても、どうしようもなく忘れられない小説の一つだ。

河野裕は現在もコンスタントに執筆活動を続けており、階段島シリーズの完結後、新潮文庫nexからはシリーズもの『さよならの言い方なんて知らない。』を刊行したり、いくつもの出版社から単巻完結作品を発表したりしている。最新作は『彗星を追うヴァンパイア』。素晴らしい小説だった。未読の方はぜひこちらもチェックされたい。

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庵田定夏『アオイハルノスベテ』(ファミ通文庫,2014)

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かすかな記憶を保持したまま高校生活をやり直すことになった少年・横須賀浩人が、うだつの上がらなかった三年間を変えるために全力で足掻く物語。『ココロコネクト』を完結させた庵田定夏が打ち出した次のシリーズで、舞台となる輪月高校内でしか効果を発揮しない輪月症候群という能力が登場する。なぜ浩人が三年やり直すことになったのか、巻き戻す能力を発動した少女は誰なのか。いくつもの謎が散りばめられているほか、青春小説としてもラブコメとしても魅力的な物語が展開され、お気に入りの作品である。

私はこの頃ファミ通文庫の新刊を毎月の勢いで購入していた。なんせ野村美月が2シリーズをおそろしいまでの正確さで刊行しており、他にも複数シリーズ読んでいる作品があったからである。この『アオイハルノスベテ』についても、非常に楽しみにしており、うまく完結すれば自分の中で『ココロコネクト』を超える作品になるだろうとの予感が1巻を読んだ時点ですでにあった。

ライトノベルでクオリティの高い青春小説が読めるレーベルといえば、間違いなくファミ通文庫であった。青春の青は私にとって、ファミ通文庫の青だったのである。

しかしファミ通文庫異世界人気の波には耐えられず、看板作家に次々と異世界ものの小説を書かせていった。『アオイハルノスベテ』もまたその余波を受けたシリーズである、と私は思っている。なんせ3巻までと4,5巻で話の進むペースがまるで違うのである。世界設定が足早に明かされていくのを、2年後の私は悔しい気持ちで見守ることになる。でもこのときの私はそんなことは知らない。物語の行く末に、純粋に心躍らせていた。全5巻の『アオイハルノスベテ』はたしかに名作である。しかしながら、庵田定夏が当初想定していた速度での『アオイハルノスベテ』は、きっと傑作だったろうと想像するのである。

庵田定夏の最新作は一昨年MF文庫Jより刊行された『僕たち、私たちは、『本気の勉強』がしたい。』。田舎の町から東大を目指す受験ものだ。続刊や新作を心待ちにしている作家の一人である。

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おわりに

十年前を振り返りながら、十年経った今でも話したくなる、そして十年後にも語り継がれていてほしい4作を選んで取り上げた。これは一つの私なりの価値づけであり、十年続ければ何らかの体系が立ち上ってくるものなのかもしれない。ささやかな期待を込めつつ、一歩踏み出してみる。

そしてやはり十年前だけ記録するのではバランスが悪いので、2024年現在についても同タイプの記事を書きたい。なんせおもしろい小説は、今も無数に発表されているのである。