ささやかな終末

小説がすきです。

石川博品『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』のここがおもしろい! ネタバレなし感想&紹介

 

はじめに

 

後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』を読んだ。全体的に評価の高い石川博品作品の中で、このシリーズに関しては評価を濁す読者も多かったため、読む前は不安だったのだけれど、いざ読み始めてみればすぐに夢中になった。これもまた傑作だとおもう。

 

一方で「楽しみどころが分からなかった」という意見も理解できる。あまりに多くのシンプルではない要素が絡み合っていて、結局どういった話だったのか、短く言葉にしようとすれば迷ってしまうからだ。

 

そこで本ブログでは、『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』のおもしろかったポイントを私なりにまとめてみた。気になっていた人が読むきっかけになったり、既読の人がもう一度読んでみようと考えるきっかけになったりすれば幸いである。


後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』あらすじ

一族を皆殺しにされた復讐のため、皇帝(スルタン)の冥滅(メイフメツ)を暗殺する。そんな使命を果たすべく女装して入内した海功(カユク)は、香燻(カユク)という女名を与えられ、後宮でいちばん身分の低い下臈(げろう)として働くことになる。二千人余りいる女たちの中で、皇帝と夜を共にできるのは選ばれた女君のみ。皇帝に目を付けてもらい出世するには、後宮で行われている野球リーグで活躍することが重要らしい。野球なら多少腕に覚えがある香燻は張り切るが、一筋縄ではいかない。同じ下臈所(げろうどころ)のチームメイトたちと励まし合い、時には喧嘩しながら、香燻は後宮での日々に慣れていくのであった。


①前代未聞⁉ 女装して入内!

この作品はまず、主人公・香燻の設定がとても濃い。女装して入内し皇帝に選ばれて閨での暗殺を目指すラノベ主人公なんて、勉強不足のせいもあるだろうが、あまり聞いたことがない。とはいえ「女装して女子高に入学しドキドキの学園生活を送る」ようなものと考えればそう珍しくもないかもしれないが、大きな違いが2つある。

 

1つは、学園ではなく後宮が舞台なので、出てくる女子は全員皇帝という主人公ではない男のものである、という点である。香燻が誰を好きになろうと、恋が決して実ることはなく、全員が皇帝の元に行くことを夢見ているのだから、やるせない。転じて、シンプルなラブコメとは違ったおもしろさを堪能することができるとも言える。

 

もう1つの違いは、これも後宮が舞台ということに起因するのだが、香燻は四六時中女子に囲まれていなければならず、息つく暇もない。お風呂も寝る部屋も同じである。香燻は宗教上の理由と偽って大事なところを隠して入浴するのだが、他の女たちは素っ裸である。香燻はまだ14歳。まわりを見て悶々とする場面はやたらと具体的で生々しい。石川博品の濃密な描写の魅力を思う存分味わえる部分にもなっている。

 

私がこの作品を読んで、女装主人公をもっとも巧みに活用していると思った点は、声が出せないふりをして筆談でコミュニケーションをとる香燻が、いちばん好きになってしまった相手は文字を読むことができない、という部分である。大切な相手に直接言葉を伝えることができないもどかしさがひどく切ない。香燻の苦悩を具体的に象徴するポイントであると同時に、2人の言葉ではないコミュニケーションも描くことができるのだから、天才的な活かし方である。

 

②皇帝のハートを掴みたいなら強くなれ⁉ 野球で勝負!

タイトルからも明らかなように、本作は野球小説である。宮女たちの最高位にある女御・更衣の12人がそれぞれの厩舎に野球チームを持ち競い合っている、という驚きの世界観だ。私は野球にはまったく詳しくないので分からなかったのだが、作中には数々の小ネタが仕込まれているらしい。野球ファンには垂涎の設定だろう。元ネタをまとめている方がいるのでこちらで確認してみてほしい。

 

togetter.com

togetter.com

 

けれど野球で勝てば見初められる可能性が高くなるという設定は、野球ファンだけがおもしろいものではない。女たちの陰湿な争いや皇帝の心の移り変わりは一切描かれず、終始爽やかな話が続くのは、読んでいてとても心地よい部分であった。野球勝負という単純な設定でなければ、これほどの爽やかさを出すことはできなかったにちがいない。

 

野球を扱うことで生まれるさらなるおもしろさは、チーム内での結束を描けたことだろう。日々同じ仕事をしているメンバーでチームを組み、青空の下で汗を流す。時には協力的でないメンバーがいたり、活躍できないメンバーがいたりする。いざござが起きることもあれば、負けが込んで士気が下がることもある。そんな彼女たちがアイデアを出し合い危機を乗り越える様子は、最高に気持ちいい。彼女らが生むチーム感は、スポーツ小説としての魅力を溢れさせている。

 

③香燻、次第に苦悩⁉ とびきりの青春小説!

1巻では使命と仲間の間で板挟みになる香燻が、2巻では自分が何者なのか思い悩む香燻が見られるところもまた、本シリーズの魅力であろう。何せ香燻はまだ14歳で、まわりの宮女たちもみな若い。青春小説として読んでもおもしろいのである。

 

後宮での生活に慣れてきて、優しくしてくれる下臈所のチームメイトと仕事や野球をすることに居心地の良さを感じる香燻。しかし彼の目的はあくまで皇帝の暗殺である。自分が事に及べばこの平穏は崩れるだろう。自分は間違いなく捕らえられるだろうし、この後宮も存続が危うくなるかもしれない。しかし一族の復讐は、外に置いてきた従兄は。揺れる香燻の心理描写も、1巻の見どころである。

 

2巻では違った苦悩が描かれる。長打を放ち華々しく活躍するメンバーもいる中で、香燻のポジションは地味で確実なプレーが求められ、注目してくれる観客も少ない。このままでは皇帝の目に留まるなんて夢のまた夢。自分はどう生きていけばいいのか……。悩む香燻が最終的にどのような道を取るのか、ぜひ確かめてほしい。

 

おわりに

 

以上3点以外にも『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』は様々な魅力に溢れている。今回はキャラクターにはほとんど触れなかったが、勝気な蜜勺(ミシャ)や不思議ちゃんの花刺(フワーリ)、怪しい目で宮女たちを見る幢幡(マニ・ハイ)など濃い女ばかりでおもしろいし、後宮の外、香燻の従兄の話も詳しく書かれていて先が気になる。

 

刊行されいるのは2巻までだがまだまだ続けられそうな布石がところどころに置かれていた。あわよくば人気が復活して続刊が出ないだろうか。かすかな希望を込めて、今日はここで筆を措くことにする。

 

bookwalker.jp

bookwalker.jp

 

石川博品先生の最新作も未読の方はぜひ!

bookwalker.jp