ささやかな終末

小説がすきです。

『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』再読感想、そして冬がくる前に刻みたい現在地

『冬期限定ボンボンショコラ事件』の刊行に向けて、〈小市民〉シリーズの長編三作を再読した。どれも以前読んだときとは異なる味わいがあり、様々な点に気づかされた。数日後の私はもう、小鳩くんと小佐内さんの冬の物語を知ってしまっている。つまり秋までしか知らない段階で感想を書けるのは今だけなのだ。このことに気づいたとき、私は居ても立っても居られない気持ちになった。冬の感想は書く、冬を読んで改めて春夏秋を振り返る感想もおそらくそのときに記す。だからまずは、冬期未読の私が三作を読んで感じたこと、おもったことを、ここに刻んでおきたい。自分の現在地を忘れないように。

 

〈小市民〉シリーズアニメ化発表直後に書いた文章はこちら。

happyend-prologue.hatenablog.com

この記事とは異なり、本記事は『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』のネタバレを多分に含む。結末の展開が書いてあれば、重要な台詞も引用されているほか、各作品のミステリ部分のネタバレも、やはり避けることはできなかった。シリーズ未読者はブラウザバックして書店に走り、/ネット書店で注文し、/電子書籍で購入し、読了後に先へ進むことを強くおすすめする。

 

 

 

 

 

 

未読者はもういませんね?

 

 

 

シリーズ第一長編『春期限定いちごタルト事件』(2004)

www.tsogen.co.jp

 

連作短編集の向きが強いだろうか。「羊の着ぐるみ」「For your eyes only」「おいしいココアの作り方」「はらふくるるわざ」「狐狼の心」の5編をプロローグとエピローグで挟む形になっているが、夏期や秋期とは異なり章立てはされていない。入学早々隠された女子生徒のポシェットの謎、美術室に何年も置かれている奇妙な絵の謎、作れるはずのなかったココアの謎、割れた花瓶の謎(小佐内さんの胃袋のサイズの謎も含む)、そしてメインの謎。どれもすでに答えを熟知して読んでいるので細かいところに目が行く。全編を通して推理の筋道が通るようかなり気を配って書かれているのだが、それを自然に見えるようにやってのけているのがすごい。

 

「羊の着ぐるみ」では昇降口で待っていた小佐内さんが意図せずして最後のピースをはめるところが好きだ。小鳩くんがポシェットを捜索するところで「One more time, One more chance」のパロディめいた文章が出てくることに気づき、しばらく二人の別離エンドしか考えられなくなってしまった。「For your eyes only」では小佐内さんと小鳩くんの冒頭のやり取りが何を意味しているのか初読時はまったく分からなかったことを思い出す。絵の謎については、アニメ化されたらさっと気づくひともいそう。「おいしいココアの作り方」は小鳩くんが覚醒していく推理パートの疾走感がたまらない。場をつなごうとけなげな小佐内さんがかわいかった。謎が解けたときに健吾の性格が浮かび上がり、しかも納得もできるのが何度読んでもおもしろい。「はらふくるるわざ」はごく短いなかに小佐内さんのケーキの食べっぷりのよさと小鳩くんの頭のキレのよさが感じられ完成度の高さに驚かされる。「狐狼の心」では健吾の人間としての気持ちよさ、素直さ、まっすぐさにノックアウトされた。初読時は小佐内さんの最後の嘘の意味すら分からなくて健吾と一緒に混乱していたなあと懐かしくなる。なお、今回読み直すまで15年近く「サカガミ」のことを「ササガミ」と勘違いしていたのに気づかされた。このひとほんとにだいじょうぶかな、と自分のことが心配になった瞬間であった。

 

先の記事では二人の関係性の絶妙さがよいと熱弁した私だが、改めて読み返すとなかなかどうして距離が近くて戸惑った。こんなに仲良しだったかしら。とはいえ春期はまだ顔見せの色が濃く、小佐内さんのこともよく分からない。それでもとてもおもしろい青春ミステリであることには変わりなく、いつ読んでも続きもぜひ読みたいと思わされる、非常にかわいらしくてウェルメイドな一作目である。ちなみに私には、初読時、春期を読んですぐ夏期を買いに行ったら夏期が売っていなくて、せめてと買って帰ってきた秋期の冒頭を我慢しきれずに読んでしまったという前科がある。それくらい当時から、よく分からない部分も多いなりに魅力を感じていたということだろう。

 

シリーズ第二長編『夏期限定トロピカルパフェ事件』(2006)

www.tsogen.co.jp

 

もともとオールタイムベスト級の一冊に入ると記憶していたが、記憶以上の強度を持つ作品で痺れた。二人でいることに互いが慣れ甘えが生じることで当初の目的がほぼ無効化されてしまう。それでも側にいる理由はあると言えない小鳩くんがもどかしい。しかしそれは小佐内さんとて同じこと。最後の言葉を、彼女はどんなトーンで口にしたのだろう? アニメでの演技が楽しみになると共に、いま自分の耳に聴こえている声の響きを繋ぎ留めておきたくもなった。

 

「シャルロットだけはぼくのもの」は人気の高い短編で私も大好きだが、論理も内容もこんなに濃密な話だったのかと再読して驚かされた。いつかシャルロットを食べてみたい。いまだにこのシャルロットの想像がうまくついていないのでアニメで映像化されるのを楽しみにしている。「シェイク・ハーフ」は春期の絵の謎と同様にピンと来るひとは来そう。比類のない神々しいような瞬間、は有栖川有栖の『白い兎が逃げる』という作品集に同タイトルの火村ものの短編が収録されており、そのときに「エラリー・クイーンだったのか!」と知った覚えがある。「激辛大盛」は、「箱の中の欠落」(『いまさら翼といわれても』所収)でも奉太郎と里志を見ながら思った記憶があるが、やはり高校生男子二人の食事をしながらの会話を書かせたら米澤穂信の右に出るものはいない。謎があるわけではない小休止回だがお気に入りの話。「おいで、キャンディーをあげる」は小佐内さんの真意を知って読むと小鳩くんが道化に見える切なさよ。しかし小佐内さんからの小鳩くんへの信頼は本物だったから、だから……。それにしてもこれもすっきりしていて余分なところがまったくない章だ。そして終章「スイート・メモリー」の素晴らしさと言ったらもう筆舌に尽くしがたい。推理、自白、糾弾、別れ話。やがて食べかけのパフェと小鳩くんだけが残される。なんて美しい締めなのだろう。どうやったらこんなものが書けるのだろう。何度目かの再読だったが、またしてもしばらく余韻から抜け出せなかった。

 

ぼくたちは「小市民」を目指している。そんなことを言葉にしてしまうぐらいなので、もちろんぼくたちは自意識過剰だ。小さな種を大きく膨らませて、これは大変何とかしないとと慌ててみせる。針小棒大、どうにも地に足がついていないそれは、まるで綿菓子のよう。(『夏期限定トロピカルパフェ事件』P22~P23)

 

と小鳩くんは独白しているが、本シリーズは小佐内さんと小鳩くんが過剰になりがちな自意識とどう向き合っていくかの物語と言えるようにも思う。過去の失敗のせいで周りからどう見られているか気になってしまう。「小市民」なんてスローガンを掲げて無理やり自分を押し込めても我慢が効かずにまた失敗してしまう。変わりたいのに変われないジレンマ。それはやはり青春の物語で、折り合いがついたときに二人は大人になるのかもしれない。そんなことをつらつらと考えさせられた。

 

この『夏期限定トロピカルパフェ事件』は思いのほか分厚くない。一ミリの無駄もない小説だからだろう。再読する前は、アニメをやるのだからアニメから入るひとがいてもいいと思っていたが、今回再読して、小説が好きなひとにはぜひ小説で読んでこの衝撃をまっさらな状態で味わってほしいなと思い直した。終章の小佐内さんと小鳩くんの一進一退の攻防、その小説ならではの張り詰めた空気に酔い痴れてほしい。そしてもちろん、アニメでどういった演出・表現がなされるのか、とても楽しみだ。

 

シリーズ長編第三作『秋期限定栗きんとん事件』(2009)

www.tsogen.co.jp

www.tsogen.co.jp

 

上下巻からなるシリーズ最長の長編だが、わりと淡々と進んでいき、外連味はない。しかしとにかく読みやすいし読ませる。二組のカップルが誕生し、小鳩くんのひっそりとした知恵試しや瓜野くんの奮闘が描かれ、徐々に小鳩くんは小佐内さんが連続放火に関わっているのではないかと疑い始める。氷谷くんと小佐内さんの心理を知って読んでいるので、「結構きわどいこと言ってる⁉」と何度も冷や冷やした。

 

今回気づいたことは、「でもカラメリゼを割る瞬間って、いつも禁断の喜びを連想するの」(P143)という小佐内さんの言葉の、物語に対して持つ意味だ。その前段階で瓜野くんは小佐内さんとの間にある距離を「透明で薄いけれど破れない殻のようなもの」と表現し、「無理強いするとぱりんと割れて」しまいそうで恋人らしい行為に踏み出せないと零しているが、どうも瓜野くんのこの捉え方は正しかったらしいとのちのち分かる。だからこそキスしようとしたときに殻のようなカラメリゼは割れ、小佐内さんの禁断の喜び=復讐が解禁されてしまうのである。マロングラッセと栗きんとんのたとえは秀逸だったが、このさりげない小佐内さんの自白もなかなかハッとさせられた。

 

いつか叩きつぶされるべき傲慢とも呼べる自意識を、それでも分かってくれるひとがそばにいたなら、きっと重要な瞬間にグッと我慢することができる。だから一緒にいよう、と。小佐内さんと小鳩くんが一年離れたのちに出した結論は、昔読んだときにはひかえめな甘さの、しかしたしかなハッピーエンドに読めた。しかし今になって、できる限り曇りなき目で向き合おうとすると(15年近くの思い入れが邪魔して非常に困難なことではあるのだが)、この後やはり二人の自意識は完膚なきまでに叩きつぶされるべきなのかもしれないという気がしてくる。そのための秋のこの結末なのではないか、と。まだ半年残っていること、の意味がそこにあるのだとすれば、小佐内・小鳩両名の成長譚として冬の物語は書かれるだろう。そのとき二人は隣に居続けたいと感じるのか、あるいは過去の自分と完璧に決別するために別れを選ぶのか。とても気になるところである。

 

自分(たち)は特別ではないと受け入れること、には何が必要なのだろう。「わかってくれるひとがそばにいれば充分」は一つの真理ではあると思うけれど、たぶんまだ足りないものがある。時間が解決してくれる? きっとそれでは間に合わないものもある。自分で自分を受け入れ、信じ、失敗した過去をも許せるようなきっかけが、より早い段階で訪れればいい。米澤穂信は冬の物語で小佐内ゆきと小鳩常悟朗にその機会を与えるのではないか。今の私にはそんな予感がしている。

 

記事を書いているうちに『冬期限定ボンボンショコラ事件』が東京近郊で早期発売されてしまい、すでに読んだひとも出てきている中、予感を記すべきかは大いに迷ったが、自分の現在地を忘れないように、ここに刻んでおく。数年後、数十年後の私はきっと、これを読んで懐かしく思い出に浸るにちがいない。

 

今は春の終わり。いよいよ待ちに待った冬がくる。

www.tsogen.co.jp

 

「新海誠好きの元彼」同人誌企画への3つのモヤモヤ、あるいはごく個人的な悲しみについてのこと

 

はじめに

 

今、巷で“みなさんの「新海誠好きの元彼」の思い出を語った同人誌を出そう!”という企画が進行している。企画者の方は文芸評論家で、約10冊の単著を刊行しているほか、YouTubeでも活動したり、大学で講師を務めたりと、様々な場所で活躍されている。SNSで「新海誠が好きだった元彼を持つ文化系女子が多い」という主旨のつぶやきを行った結果、彼女の元に「私にも新海誠が好きだった元彼がいます!」とのおたよりがたくさん集まるようになったらしい。また、彼女のその投稿を受けて誕生したこちらのnote(https://note.com/hummm09/n/n71120bcb127c)も大きな話題となり、新海誠本人が反応を示すまでに至った。今回の同人誌制作は、それから約2年、満を持しての企画というわけだ。

 

私はこの企画に、大きく分けて3つのモヤモヤを感じている。

 

そもそも企画者はどのような意図で同人誌を作ろうと思ったのだろう。思い出エピソードの投稿フォームには、建前として“「新海誠好きの元彼」は案外日本のカルチャー史において忘れ去られそうな2010年代の記憶をアーカイブするひとつの重要な要素”であるとの考えを持っていること、そして“私としてはこの同人誌の売り上げで資金をつくり、いつか「新海誠好きの元彼がいる女たちでオフ会をしたい」というのが私のインターネットの夢です……。実現可能性は置いといて、私のサイン会や質問箱におたよりをくださったみんなで、集まりたくない……?”という本音があることの2つが書かれている。

 

投稿フォームの文章は、おそらく気軽に投稿してもらうためであろう、かなり砕けた調子で書かれている。ここにはまったく書かれていない思いが企画者の胸の内に秘められている可能性だって、当然ある。私がこの先書くことは、まったく的外れなのかもしれない。実はそうであってほしいと、心の底から願っている。

 

この件についての私の、モヤモヤをできる限りオブラートに包んだSNS投稿がこちら。自己紹介も兼ねて示しておく。

 

 

①見知らぬ誰かを笑いものにする態度およびそのことで資金を稼ごうとする姿勢にモヤモヤ

 

投稿フォームに置かれたエピソードの例を見る限り、企画者が求めているのは「新海誠好きの元彼」と新海作品を一緒に観たとか、聖地巡礼に一緒に行ったとか、そういう楽しい思い出ではない。「新海誠好きの元彼」のこんなところが嫌で別れた、こんなところがまるで理解できなかった、という経験談である。そして企画者はそれを「素敵なエピソードは同人誌のなかで紹介させていただきます」と募る。

 

投稿フォームの例や前述のnoteのQ1やQ5の回答を見る限り、企画者は回答の多くが「新海誠好きの元彼」をばかにしたり、笑い飛ばしたりするものになることを理解している。つまり企画者は、単純な言葉にしてしまえば、回答者から「新海誠好きの元彼」への悪口や嘲笑を集めて同人誌にしようと試み、あまつさえオフ会をして楽しむためのお金を稼ごうとしている、という風にしか、私には読み取れないのである。

 

回答者の中にはもしかしたら「新海誠好きの元彼」にひどく傷つけられて、彼をばかにしたり笑い飛ばしたりすることでしか精神を保てない人もいるかもしれない。そういった切実さも、なかにはあるのではないかと想像する。だからこの同人誌企画が、たとえ企画者の本音のみで作られたとしても、完全に悪いものである、とは私には言い切れない。

 

また企画者は、建前とはあるものの、「アーカイブ」という目的を書いている。私はこれはとても大切な行為であると考える。研究目的と書いてしまっては集まらない貴重なエピソードが、こういったややふざけた姿勢で募ることで集積されるのかもしれない、とも。しかし、企画者のそういった誠実さは、少なくともこの投稿フォームからは、やはり読み取れなかった。

 

②企画者の立場にモヤモヤ

 

前掲のnoteは、文中の言葉を借りれば「当事者研究」である。新海誠が好きな大学生が、自分たちのことをより深く理解するために、「新海誠好きの元彼」がいる人々にアンケートを回答してもらった。なかには明らかに「元彼」をばかにしている、そしてそんな自分に酔っている、ものすごく嫌な気分になる回答もある。けれどそれを募って紹介している執筆者が「当事者」なのだから、note企画自体に嫌悪感を覚えることはない。その「研究」が彼らなりの、自身の傷や、傷にもならなかったものたちへの向き合い方なのではないだろうか。

 

ひるがえって今回の同人誌企画は、目的を大きく異にするものだ。投稿フォームを読む限りでは、「新海誠好きの元彼」エピソードの収集およびその話をして盛り上がるための資金調達が主たる目的である。そしてそれをしているのは、気鋭の文芸評論家なのだ。いち大学生が行うのとは意味合いが違う。

 

私はその、暴力性のようなもの、に危機感を覚える。これを読んだ誰かが傷つくのではないか、という危惧だ。ただし企画者は、おそらく傷つかないだろう。当事者ではない彼女は安全圏の高いところから悲鳴を聞いて楽しんでいる。そういったイメージがぬぐえないことも、私がこの企画にモヤモヤしている理由の1つである。

 

③他者を傷つける可能性を考慮していないことにモヤモヤ

 

傷、傷、と何度か書いた。企画者はもちろん、誰かを傷つけたり、攻撃したくてこの同人誌を作りたいわけではない。でも傷つく人はたしかにいる。それはたとえばここで笑われた「新海誠好きの元彼」であり、今新海誠を好きな誰かでもある。

 

そもそも、と思う。「新海誠好きの元彼」ってひどい言い方だ。「新海誠が好き」は人間の一側面でしかなく、その人にはこれまでの人生も、他の好きなものもある。たしかにその人はちょっとおかしな言動をして「新海誠好きの元彼」がいるあなたを困惑させたかもしれない。あなたはそのことでひょっとしたらものすごく嫌な目に遭ったのかもしれない。しかしそれはその人が「新海誠が好きだから」、だけではないだろう。新海誠作品にも、新海誠本人にも失礼であるように感じる。

 

「こんな新海誠好きの元彼がいてさぁ」とラベルを貼って括るとき、あなたとその人の、一人の人間と人間としてのかかわり、たしかにそこにあった大切なもの、がごっそりと抜け落ちる。もう別れたから大切なものなんてない? 笑い話にするくらいでいい? それはあまりにあんまりな考え方だと、私は思ってしまう。ねえ、あなたはいつもそんな軽い気持ちで人と付き合ってるんですか? ひょっとして付き合っている最中でさえ笑っていたんですか?

 

今、この文章をこうして書いている私は、きっと現在進行形で誰かを傷つけている。この同人誌の完成を心待ちにしているあなたを。回答したあなたを。「新海誠好きの元彼」その人でさえ。それを傷である、と無邪気に呼ぶことすら、傷になるのかもしれない。けれど私はせめて、そのことを自覚していたい。罪悪感を覚えていたい。それが誰かの傷に触れるときの、私なりの矜持だ。

 

おわりに

 

書きながらずっと、モヤモヤの正体について考えていた。

 

最初は怒りだと思っていた。自分にとって大切なものを踏みにじられている気がして、どうしても見逃せなくて、だから私は、私のために怒るのだと。

 

でも、最後まで書いて分かった。これは悲しみだ。モヤモヤが悲しみであると受け止めてしまえばとてもつらいから、私は怒ったのだ。

 

みんなそうなのかもしれない、と思う。SNSを見ていると毎日誰かが何かに怒っている。人々は怒ることでなんとか自分を保とうとしているのではないだろうか。だって彼らには生活があり、人生がある。いちいち悲しんでいてはいられないのだ。怒って発散したほうが、たぶんちょっとだけ生きやすい。

 

ぐるぐると考えている。たとえば、悲しみと認識したその気持ちについて「私は悲しいです」と書くことは、「私は怒っています」と書くことよりもよくないのではないか。慰められたり、謝られたりすることを期待しているみたいに読めるからだ。でも違うのかもしれない。そう読んでしまうということは、私が本当は慰められたり謝られたりしたいだけなのかもしれない。だったらいっそ「悲しいので慰めてください!」と言ってしまったほうがいいような気がする。でも私は慰めてほしいわけでも、謝ってほしいわけでもない。自分が何を求めているのか分からなくて、ほとほと困っている。

 

まだずっと考えている。たとえば、この文章は私が、私の矜持を守るために書いた。他の誰のためでもなく、私のためだけに。途中までそう思っていた。けれど書きながら、「この文章を読んだ誰かの気が、少し楽になればいいな」と願い始めた。それはなんだかとてもずるい気がする。自分の戦いに他者を巻き込もうとしているからだ。そろそろ私は自分のずるさを認めるべきなのかもしれない。でもできればずるくなく生きていたい。そんな自分に呆れてもいる。

 

このモヤモヤを、怒りではなく悲しみだと気づけた自分のことは、結構好きだ。文章にしてよかったなと思った瞬間でもある。「新海誠好きの元彼」同人誌企画の思い出エピソード投稿フォームを見るとまだ悲しくなるけれど、企画自体に潰れてほしいわけではまったくない。アーカイブする価値のある同人誌が生まれることを、私は心から願っている。

 

filmaga.filmarks.com

 

追記(企画者からの応答を受けて)

企画者の三宅香帆さんに、とても真摯な姿勢での応答を、それも迅速にいただけたので、ここに記しておきます。企画の意図や、同人誌で出そうと思った理由、考えていた目次構成なども丁寧に説明してくださっています。時間を割いて寄り添ってくださり、ありがとうございました。

 

note.com

 

気になった部分が1つだけあるので、今の私の考えを書きます。自分に都合のいいところだけ引用してしまってすみません。ここを読んでいる皆様には、上記のnoteを全文読んだ上で、この先に進んでいただけたらな、と思っています。

 

そもそも私は「新海誠好きの元彼」といった時点で「そんな彼と付き合っていた自分」を自虐する視線も含まれるものだと考えていました。

 

私は「新海誠好きの男性と交際していた」ことも「そんな彼と付き合っていた自分」のことも、まったく自虐する必要のないことなのではないか、と捉えていたので、投稿フォームの文章を読んだときにこの含みがまったく理解できていませんでした。その「自虐しなければどうしようもない気持ち」は、当事者にしか分からないものなのかもしれませんが、理解しようと試みることはやめたくないなと思います。また、自虐そのものについても理解が浅く、そのせいで三宅さんや、読んだ方を傷つけてしまったかもしれません。どちらも、申し訳ございませんでした。今後の勉強や書く文章を通じて向き合っていきたいです。

 

いつか三宅さんの新海誠作品批評や、新海誠作品受容史のアーカイブが読めることを楽しみにしています。真摯に対応してくださり、本当にありがとうございました。

〈小市民〉シリーズと私

米澤穂信の〈小市民〉シリーズのアニメ化が決定した。なんでも半年後の2024年7月から放送開始するらしい。とてもはやい。アニメ化の報と同時にPVが公開され、主人公二人の声優も発表された。私の観測している範囲では異例のはやさである。まだこのはやさに理解が付いていけていないので、毎朝PVを見てはアニメ化が現実であるとたしかめている。そのたびに「素晴らしいPVだな」とおもう。アニメの放送が非常に楽しみである。

 

youtu.be

 

そもそも今年は、アニメ化発表以前から〈小市民〉シリーズ読者にとって記念すべき一年になることが約束されていた。〈小市民〉シリーズは、『春期限定いちごタルト事件』(2004)、『夏期限定トロピカルパフェ事件』(2006)、『秋期限定栗きんとん事件』(2009、上下巻からなる)の長編三作と、短編集の『巴里マカロンの謎』(2020)の計五冊が刊行されているシリーズである。冬期限定のタイトルが付いた長編四作目にして最終作は、予告されてはいるもののずっと刊行されず、〈小市民〉シリーズファンは首を長くしたり内容を妄想したりじっと耐えたりと思い思いのやり方で冬がくるのを(=『冬期限定○○事件』が刊行されるのを)待っていた。そして昨年12月、『冬期限定ボンボンショコラ事件』が2024年4月下旬に刊行されることがついに発表され、読者はたちまち歓喜の渦に巻き込まれた。

 

www.tsogen.co.jp

 

私も実は、かなり長く待った身である。〈小市民〉シリーズと出会ったのは2010年頃のことであり、そのときにはもう『秋期限定~』が刊行されていた。いつか冬がくることを、疑ったことはなかったけれど、『冬期限定~』が長編最終作になるであろうことは覚悟していたので、終わってしまうならばずっとこのまま、宙ぶらりんのままでもいいと、どこかでそう思っていた。だから刊行決定の発表から実際の刊行まで四ヶ月あるとわかったとき、そのことに安堵した。一年の三分の一あればきっと、どんな話が来ても大丈夫なように心の準備ができるから。嘘、もしかしたらできないかもしれない。でも少なくとも、高校3年生の秋までの小佐内さんと小鳩くんしか知らない私にさよならを言うことはできる。

 

小佐内さんと小鳩くん、と名前を出したので、主人公二人の紹介をここでしておこう。少女の名前は小佐内ゆき。小佐内は「おさない」と読む。おさない、は通常「小山内」と変換されるので、「小山内さん」「小山内ゆき」という誤記が多発するが、ここはぜひ一手間加えて「小佐内さん」と正しく呼んでみてほしい。小佐内さんはスイーツが好きな高校1年生(『春期限定~』当時)の女の子で、しばしば小鳩くんをスイーツ巡りに誘う。かなり小柄だが、ときにとてもたくさんケーキを食べて、小鳩くんや私たち読者を驚かせる。クラスでは大人しいタイプらしい。とても愛らしいひとであると私は思っている。

 

少年は小鳩常悟朗。小佐内さんと同級生の、〈小市民〉シリーズの語り手である。クラスでは常にニコニコしており、温和なイメージ。しかしそれは中学生の頃にある失敗をした経験を持つからで、彼のほんとうの性格は少しちがう。それは小佐内さんにしても同じこと。だからこそ二人は声をそろえて「小市民たるもの、決して出しゃばらず、日々を平穏に過ごすべし」と唱えるのである。

 

小佐内さんと小鳩くんは、恋愛関係にも依存関係にもない、「互恵関係」にある。都合が悪くなったとき、つまり「ほんとうの性格」が出そうになって平穏が守られなくなりそうなときに、お互いをフォローし合ったり言い訳に使ったりしていい、というものである。二人はかつて恋人同士だったわけでも、今好き合っているわけでも、どちらかがどちらかを好きなわけでもない。日々を穏やかに生き抜くための共闘・共犯関係、とでも表現すればよいのだろうか。この二人の関係性の絶妙さは、数々の読者のハートを撃ち抜いており、もちろん私も撃ち抜かれた一人である。

 

小佐内さんと小鳩くんは、平穏に生きたいと願っているにもかかわらず、よく不思議なことに直面する。それは最初は「同級生の女の子のポシェットがなくなった」であったり「部室においてあったよく分からない絵の意味を解いてほしい」であったり、いわば日常の謎の範疇に収まるものであるのだが、徐々に暗雲が立ち込めはじめ、気が付けば警察沙汰になるような大事件に遭遇してしまうのである。それは果たして偶然なのか、それとも小佐内さんと小鳩くんの小市民的ではない「ほんとうの性格」のせいなのか? シリーズを読み進めるにつれスリリングな展開が増え、手に汗握ってしまうのである。

 

〈小市民〉シリーズを読んだとき、私はほんの11歳とか12歳とか、そんなものであった。今となってはたいへん恥ずかしいことであるが、自分はまわりのクラスメイトとは違うと心のどこかで確実に思っていたし、それなりにいろいろな自信もあった(その後もちろん、さまざまな理由でボキボキと折れていくのだけれど)。そんな私の自意識は、小佐内さんと小鳩くんの自意識に共鳴したのだろう。一読では理解できない部分も多々あったが、だからこそ中学生、高校生になってからも幾度となく読み返し、そのたびに新しい発見があることをよろこんだ。だから私は、早くに〈小市民〉シリーズと出会えてすごくよかったと思っている。とりわけ『夏期限定~』の結末をあの頃に目の当たりにしたことは、読書の趣味にも人生にも、多大な影響を与えている、気がする。

 

〈小市民〉シリーズは私の青春の一冊でも、人生のバイブルでもあり、振り返ってみれば、ミステリのおもしろさを確信するきっかけになった作品群でもある。少ない言葉で言えば、私にとってとても大切なシリーズです、ということである。アニメがすごく楽しみで、きっと素敵なものになるからこそ、私は今の私が持つ〈小市民〉シリーズへの思い入れを、きちんと書き記しておかなければならないのである。そろそろひさしぶりに、一冊ずつじっくり読み返していきたい。あんまりにいろいろなことを思い出しすぎて、うっかり泣いてしまうかもしれないけれど、それでも。

 

special.tsogen.co.jp

石川博品『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』のここがおもしろい! ネタバレなし感想&紹介

 

はじめに

 

後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』を読んだ。全体的に評価の高い石川博品作品の中で、このシリーズに関しては評価を濁す読者も多かったため、読む前は不安だったのだけれど、いざ読み始めてみればすぐに夢中になった。これもまた傑作だとおもう。

 

一方で「楽しみどころが分からなかった」という意見も理解できる。あまりに多くのシンプルではない要素が絡み合っていて、結局どういった話だったのか、短く言葉にしようとすれば迷ってしまうからだ。

 

そこで本ブログでは、『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』のおもしろかったポイントを私なりにまとめてみた。気になっていた人が読むきっかけになったり、既読の人がもう一度読んでみようと考えるきっかけになったりすれば幸いである。


後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』あらすじ

一族を皆殺しにされた復讐のため、皇帝(スルタン)の冥滅(メイフメツ)を暗殺する。そんな使命を果たすべく女装して入内した海功(カユク)は、香燻(カユク)という女名を与えられ、後宮でいちばん身分の低い下臈(げろう)として働くことになる。二千人余りいる女たちの中で、皇帝と夜を共にできるのは選ばれた女君のみ。皇帝に目を付けてもらい出世するには、後宮で行われている野球リーグで活躍することが重要らしい。野球なら多少腕に覚えがある香燻は張り切るが、一筋縄ではいかない。同じ下臈所(げろうどころ)のチームメイトたちと励まし合い、時には喧嘩しながら、香燻は後宮での日々に慣れていくのであった。


①前代未聞⁉ 女装して入内!

この作品はまず、主人公・香燻の設定がとても濃い。女装して入内し皇帝に選ばれて閨での暗殺を目指すラノベ主人公なんて、勉強不足のせいもあるだろうが、あまり聞いたことがない。とはいえ「女装して女子高に入学しドキドキの学園生活を送る」ようなものと考えればそう珍しくもないかもしれないが、大きな違いが2つある。

 

1つは、学園ではなく後宮が舞台なので、出てくる女子は全員皇帝という主人公ではない男のものである、という点である。香燻が誰を好きになろうと、恋が決して実ることはなく、全員が皇帝の元に行くことを夢見ているのだから、やるせない。転じて、シンプルなラブコメとは違ったおもしろさを堪能することができるとも言える。

 

もう1つの違いは、これも後宮が舞台ということに起因するのだが、香燻は四六時中女子に囲まれていなければならず、息つく暇もない。お風呂も寝る部屋も同じである。香燻は宗教上の理由と偽って大事なところを隠して入浴するのだが、他の女たちは素っ裸である。香燻はまだ14歳。まわりを見て悶々とする場面はやたらと具体的で生々しい。石川博品の濃密な描写の魅力を思う存分味わえる部分にもなっている。

 

私がこの作品を読んで、女装主人公をもっとも巧みに活用していると思った点は、声が出せないふりをして筆談でコミュニケーションをとる香燻が、いちばん好きになってしまった相手は文字を読むことができない、という部分である。大切な相手に直接言葉を伝えることができないもどかしさがひどく切ない。香燻の苦悩を具体的に象徴するポイントであると同時に、2人の言葉ではないコミュニケーションも描くことができるのだから、天才的な活かし方である。

 

②皇帝のハートを掴みたいなら強くなれ⁉ 野球で勝負!

タイトルからも明らかなように、本作は野球小説である。宮女たちの最高位にある女御・更衣の12人がそれぞれの厩舎に野球チームを持ち競い合っている、という驚きの世界観だ。私は野球にはまったく詳しくないので分からなかったのだが、作中には数々の小ネタが仕込まれているらしい。野球ファンには垂涎の設定だろう。元ネタをまとめている方がいるのでこちらで確認してみてほしい。

 

togetter.com

togetter.com

 

けれど野球で勝てば見初められる可能性が高くなるという設定は、野球ファンだけがおもしろいものではない。女たちの陰湿な争いや皇帝の心の移り変わりは一切描かれず、終始爽やかな話が続くのは、読んでいてとても心地よい部分であった。野球勝負という単純な設定でなければ、これほどの爽やかさを出すことはできなかったにちがいない。

 

野球を扱うことで生まれるさらなるおもしろさは、チーム内での結束を描けたことだろう。日々同じ仕事をしているメンバーでチームを組み、青空の下で汗を流す。時には協力的でないメンバーがいたり、活躍できないメンバーがいたりする。いざござが起きることもあれば、負けが込んで士気が下がることもある。そんな彼女たちがアイデアを出し合い危機を乗り越える様子は、最高に気持ちいい。彼女らが生むチーム感は、スポーツ小説としての魅力を溢れさせている。

 

③香燻、次第に苦悩⁉ とびきりの青春小説!

1巻では使命と仲間の間で板挟みになる香燻が、2巻では自分が何者なのか思い悩む香燻が見られるところもまた、本シリーズの魅力であろう。何せ香燻はまだ14歳で、まわりの宮女たちもみな若い。青春小説として読んでもおもしろいのである。

 

後宮での生活に慣れてきて、優しくしてくれる下臈所のチームメイトと仕事や野球をすることに居心地の良さを感じる香燻。しかし彼の目的はあくまで皇帝の暗殺である。自分が事に及べばこの平穏は崩れるだろう。自分は間違いなく捕らえられるだろうし、この後宮も存続が危うくなるかもしれない。しかし一族の復讐は、外に置いてきた従兄は。揺れる香燻の心理描写も、1巻の見どころである。

 

2巻では違った苦悩が描かれる。長打を放ち華々しく活躍するメンバーもいる中で、香燻のポジションは地味で確実なプレーが求められ、注目してくれる観客も少ない。このままでは皇帝の目に留まるなんて夢のまた夢。自分はどう生きていけばいいのか……。悩む香燻が最終的にどのような道を取るのか、ぜひ確かめてほしい。

 

おわりに

 

以上3点以外にも『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』は様々な魅力に溢れている。今回はキャラクターにはほとんど触れなかったが、勝気な蜜勺(ミシャ)や不思議ちゃんの花刺(フワーリ)、怪しい目で宮女たちを見る幢幡(マニ・ハイ)など濃い女ばかりでおもしろいし、後宮の外、香燻の従兄の話も詳しく書かれていて先が気になる。

 

刊行されいるのは2巻までだがまだまだ続けられそうな布石がところどころに置かれていた。あわよくば人気が復活して続刊が出ないだろうか。かすかな希望を込めて、今日はここで筆を措くことにする。

 

bookwalker.jp

bookwalker.jp

 

石川博品先生の最新作も未読の方はぜひ!

bookwalker.jp

 

私の読書スタイル ~社会人なりたて編~

実は先月下旬から社会人になって暦通りに働いているのだけれど、読書スタイルに大きく変化が起きた。Twitterで「ブログで読んでみたい記事はありますか?」とお題を募集してみたところ、「読書環境について知りたいです」「読書スタイルが気になります!」と言ってくださった方がいらっしゃったので、変化を記録する意味も込めて、今日は読書についていろいろなことを書いてみる。

 

 

ある日の読書 ~平日編~

朝、もっと寝ていたい気持ちを我慢して最寄りの駅に向かう。電車の中は空いてこそいないが身動きが取れないほど混んでいるというわけでもない。なので私は本を読むことにしている。紙の本を読むことも、電子書籍を読むこともある。今は2か月99円のセールを利用してkindleunlimitedに加入していて、電子書籍の割合が高い。

 

平日に読む本の選び方には、主に2点のこだわりがある。1つはできるだけ読みやすそうな本を選ぶこと。ライトノベルライト文芸は、理解に時間を要する文章が使われていなかったり、キャッチーな登場人物に癒されることができたりするため、多少疲れていても読むことができる。また、一般文芸の作品を読む場合は、短編集や連作集を選ぶということも意識している。そう長く電車に乗っているわけではないので、読書はどうしても途中で中断されてしまうのだけれど、その場合に「今いいところなのに!」と思わされる回数が、長編でないものを選ぶと格段に減る。以上2つにこだわることで、今のところ平日にも楽しく読書ができている。

 

会社に着いてからも、始業までの時間や昼休みに読書をしている。移動時間や隙間時間にも読書ができるようになったということが、社会人になってからの最大の変化である。それまでの私はとにかく本に没頭したいと思っていて、自分のベッドの上で長く時間の取れるときしか読書をしていなかったのだけれど、読書時間を確保するために工夫してみたら、平日にも案外長く本が読めるようになった。時には長い信号の待ち時間にまで本を読み進めることもある(歩きながらは絶対にしないので安心してほしい)。

 

毎日駅前の書店の前を通ることができるようになったのも大きい。楽しみにしている本の発売日にはふらっと書店に入り、並びたてほやほやの新刊を購入できるようになった。「情報収集から実際に購入し読んで感想を記録するまでが読書である」とは私の持論を即興でまとめたものであるが、書店で新刊の台や棚を眺めるのは本当に心が落ち着く時間である。ほしいと思っている新刊がなくても寄ることもある。

 

行きの電車で20分、昼休みに40分、帰りの電車で20分、帰宅してからも寝るまでの時間に少し。こうすることで平日でも1時間半~2時間の読書タイムが取れるようになった。これは社会人になる前よりも極めて長い時間であり、そのことに私はとても満足している。働かなくても生きていけるようになりたいと常に思ってはいるものの、社会人として生きていくのもこれなら悪くないかなと考えている次第である。

 

ある日の読書 ~休日編~

朝、だいたい場合は寝すぎたことを後悔しながら起きる。長く寝ないと何もできない私は、常にショートスリーパーをうらやんでいる。午前中は布団の中でゴロゴロしたり平日にできなかった家のことをやったりしているので、読書はできない。朝食兼昼食を食べた後、13時くらいからがようやく読書の時間である。

 

休日には平日になかなか読めない本を読む。ロジックを理解するのに頭を使う本格ミステリであったり、とにかく分厚い小説だったり、あとは重要なところをメモしながら読みたいような本だったりする。楽しみにしていた新刊でもどうしても一気読みしたい本は、泣く泣く休日に回す。1日1冊では追い付かないので、2~3冊は読みたいと思っている。

 

実際には予定に沿って出かけることもあるため、「土日で6冊読めました!」とはなかなか行かない。だが基本的には2日の休みのうちどちらかは読書のために空けておきたい。楽しみな新刊は毎週のように発売され、物理的な本棚でも電子的な本棚でも、大量の未読本が私を待っているからである(待っていてくれている、よね?)。

 

ブログのお題は「お題箱」という匿名サービスで募集したのだが、読書スタイルの質問の中に「好きな飲み物が知りたい」という一文が入っていた。これを入れてくれた方はおそらく、読書中に私が何を飲んでいるか知りたいと思ってくださったのだと思う。期待に沿えず申し訳ないのだけれど、飲まず食わずでするのが私の読書である。布団の上に寝っ転がり、ひたすらページを追いかけていく。最長集中時間は『蜜蜂と遠雷』一気読みの5時間強である。

 

嗚呼、紅茶を片手にクッキーでもつまみながら優雅な読書タイムを送る人間であれば、もっと充実した回答ができたのだけれど……。読書時間関係なく好きな飲み物ということであれば、果物系の炭酸や甘いコーヒー系飲料が好きである。この情報要ったかな?

 

ある日の読書 ~読み始める前の選書編~

お題の中には「読む本の選び方を知りたい!」というものもあったので、ここにまとめてみる。まずは好きな作家さんの新刊を買って読む。以前はこれでかなりの読書スケジュールが埋まってしまっていたが、最近はそうでもない。次に、購入した積読の中から読みたい本を選ぶ。すべて読みたい本を買っているのに、その日の気分によっては読みたい本が本棚にないこともある。これは由々しき事態である。気分に合わない本を無理に読み進めてもよくないので、その場合は新たに本を購入する。電子書籍は家に居ながらにしてワンクリックで買い物ができるのでお財布に本当に優しくない。

 

普段はどんな本に興味を持っているか。ミステリの新作は気になることが多い。ただしすべてを読んでいるとさすがに破産してしまうので、Twitterのフォロワーさんが複数名読んでいてすごくおもしろそうな本や、おすすめしていただいた本を優先して読む。ライトノベルの新作もチェックしている。青春群像劇に弱く、その一語が宣伝文句に入っているとつい買ってしまうことが多い。

 

非ミステリの一般文芸は、読みたい本が多いのにまったく読めていない範囲だ。綺麗な表紙の本や、話題になっている本は読みたい本だらけである。本屋大賞のノミネート作品は絶対におもしろいのだからすべて読みたいのだけれど、毎年1~2冊しか読めていないことが多い。今年は『方舟』だけになってしまっている。

 

ずっと紙の本派だったのだけれど、収納場所と懐事情の問題から、電子書籍もよく読むようになった。たまに図書館に行って、気になっていた単行本を借りて読むこともある。電子で買ったときも図書館で借りたときも、とても気に入った本は紙で買うことにしている。去年だと『ナイフを胸に抱きしめて』や『青春ノ帝国』はそうした。

 

新作ばかりを読んでいるわけではなく、ずっと前に出た本も気になっているものをどんどん読む。気にしているうちに文庫化してしまったその本、Twitterのフォロワーさんが偏愛しているこの本、好きな作家さんが影響を受けていると思しきあの本。読みたい本は数えきれない。たとえ今このときに時間が止まって私だけが動ける状態になったとしても、10年は読む本に困らないだろう。それくらいこの世界は魅力的な本で溢れている。

 

質問の中には「併読する?」というものもあった。ついこの間まではまったくしなかったのだが、最近は結構するようになった。併読するときに気を付けていることは今のところあまり思い出せない。ただ1冊の本を読んでいる途中に他の本を読み始めるときは、そのジャンルを読む気分ではないが読書はしたいという気持ちになっているときなので、ジャンルは被らない。よって頭の中で登場人物やストーリーがごちゃまぜになってしまうことはほぼない。

 

ある日の読書 ~読んだ後の感想編~

最後は感想の書き方についてもまとめておく。私は1冊の本を読み終わった後、手書きの読書ノートに感想を書いていて、これは9年近く続けている習慣である。読み終わった瞬間の感情と思考をそのまま残しておけるように気を付けている。シャーペンで紙に文字を刻むことで、永遠になる気がする。

 

その後、Twitterに140字で感想を投稿する。言い足りなかったことを1~3個付け加えることが多い。読書メーターでもInstagramでも感想を書きたいのだが、現状あまり書けていない。そんな私が今年度力を入れていきたいと思っているのは、ブログでの長文感想だ。

 

最近思うようになったのだけれど、Twitterの140字も読書メーターの250文字も、言い表したいことを過不足なく書き込むには短すぎる。時代には逆行しているかもしれないけれど、私は自分だけにしか書けないことを長い文章をじっくりと書いていくことで見つけていきたい。誰にとっての意味がなくても、そんなものは願望が見せるまやかしだとしても、それが好きだから、楽しいから、胸を張って書いていきたい。

 

今回の記事では募集したお題をもとに自分の読書スタイルについて書いてみた。お題箱には他にも様々なお題が届き、「これはすぐにでも書こうと思っていた!」というものから「これは時間が必要だな」と思わされるものまで幅広く、大変うれしかった。時間はかかってもすべてのお題で記事を書きたいと思っているので、気長に待っていていただければ幸いである。この文章が誰かの参考や希望や、もしかしたらちょっとした楽しみになることを願って、ここで筆をおく。

 

odaibako.net

いつか見た夢の灯 ~木緒なち『ぼくたちのリメイク』完結記念ブログ~

木緒なち『ぼくたちのリメイク』(MF文庫J)が完結した。ライトノベルの長期シリーズものはまず、最終巻が出るだけで奇跡的だというのに、綺麗に終わったものだから、とてもうれしかった。発売日にいそいそと読みながら、『ぼくたちのリメイク』に出会った頃のことを思い返していた。ちょうど4年くらい前のことだ。ひさびさにライトノベルのシリーズものの新規開拓をしようとして、『このライトノベルがすごい!』のランキングを参考にしながら何シリーズか購入してみた。どのシリーズもかなりおもしろかったのだけれど、今でも新刊が出るたびに追っているのは、なんだかんだこのシリーズだ。

 

bookwalker.jp

 

『ぼくたちのリメイク』(以下『ぼくリメ』)はこんなあらすじだ。ブラック美少女ゲーム会社で働きつぶされそうになっていた28歳の橋場恭也は、気づけば10年前にタイムリープしていた。彼の手にはそのとき2通の合格通知書があった。1通は実際に通った大学のもの、もう1通は行くことを諦めた芸術大学のもの。恭也は一念発起して芸術大学への進学を選び、その結果10年後の世界で「プラチナ世代」と呼ばれるほど活躍していた3人のクリエイターと出会うことになる。恭也は社会人経験で培った調整力や不屈さを生かし、まとめ役として作品づくりに関わっていく。授業の課題の映像作品や、同人ゲーム。恭也たちの住むシェアハウスの名前に由来する「チームきたやま」が、他の大学生たちとぶつかったり競ったりしながらメンバーを増やしていく過程が、時に軽やかに、時にシリアスに、そして何よりドラマティックに描かれていく。

 

チームでものを作る話や、才能の話がすごく好きなので、ハマるのは必然だったかもしれない。しかし『ぼくリメ』にはそれ以上に私を惹きつけた点が2つある。1つは先の読めない展開、もう1つはある女の子の存在だ。

 

1つ目のストーリー展開の読めなさは、ライトノベルに多くある学園もの(大学生の話というのは珍しいが)とだいたい同じような流れで進むだろうと捉えながら読み進めていた私にかなりの衝撃を与えた。「ここでこういう展開が来ちゃうの!?」「この巻ここで終わり!?」と何度思ったか分からない。読み始めた当時はすでに6巻まで出ていたのだが、続きが気になってどんどん読み進めてしまった。あまり語ると未読の方の興を削いでしまうので紹介するのが難しいけれど、どんなにライトノベルや青春ものを読みなれた読者でも、一度は必ず「ええっ!?」と驚いてしまう展開があるのではないだろうか。

 

2つ目は河瀬川英子というヒロインについての話になる。努力家で優秀で、なんとなく通っている学生も多い芸大でしっかりと未来を見つめて動いている、がんばり屋さんな女の子。最初はツンケンしていて恭也をライバル視していた彼女が、徐々に素を見せてくれて、恭也の穴を埋めてくれるような働きをしてくれて、なんて素敵な子なのだろうと、いつの間にか好きになっていた。『ぼくリメ』の興味深かったところは、本編と並行して『ぼくたちのリメイク Ver.β』というアナザーストーリーが始まったことだ。もしも恭也が社会人になってから河瀬川英子に出会っていたら? という物語で、一時期は本編よりもおもしろいと思わされるほど好きだった。βの世界線を見て、ますます河瀬川の虜になってしまったのである。本編最終巻でも彼女の働きは大変素晴らしく、なんといっても(以下ネタバレのため自主規制)

 

bookwalker.jp

 

以上2点は『ぼくリメ』の魅力の一端にすぎない。王道の展開のところもとてもおもしろいし、河瀬川以外の登場人物も男女問わず誰もが生き生きと輝いている。とりわけ橋場恭也に関しては、「ここで天才クリエイターたちにそんな横暴な要求、許されるの!?」とびっくりするような行動を取ることもあるけれど、それを皆が受け入れてくれる関係性や恭也のディレクターとしての手腕の見事さに憧れ、かなり好きな主人公になっていった。10年先の未来の知識と社会人経験で無双できる、という話かと思えばすべてを記憶しているわけでもなく、大学生に戻って等身大の精神で悩み考える姿もかっこよかった。

 

いずれ才能が花開くとしても、ここにいる彼ら彼女らはまだ10代で、しょっちゅう迷ったり苦しんだりしている。その感情が丁寧に描き出され、恭也のアイデアや行動によって救われていくさまを見ていると、自分の心まで救われたような気がしたものだ。そして最終巻でも、私はこの作品が打ち出したメッセージに、勇気と希望をもらった。何度も温かい涙が頬を伝い、本のページをめくるのに支障が出たほどだ。

 

なぜ恭也はタイムリープすることになったのか。なぜタイトルは『ぼくのリメイク』ではなく『ぼくたちのリメイク』なのか。その答えがすべて、最終12巻にはあった。正直に言うとこの作品ではタイムリープの真相は取り沙汰されないのではないかと思っていたため、きちんと謎が解けて最高に満足した。ここまで綺麗に完結すると、大勢のひとに読んでほしくなる。だから私はこうして「『ぼくたちのリメイク』完結記念ブログ」を書くことにした。

 

『ぼくたちのリメイク』は誰かの「ものづくりに関わるひとになりたい」という夢を応援してくれるような、今からでも「変われるかもしれない」と思う背中を後押ししてくれるような、読めば心に熱が灯る作品だ。恭也たちの熱さが世界を巡り、挑戦者たちの行く先を1日でも長く照らしてくれることを、切に願っている。

 

完結おめでとうございます。素敵な物語をありがとうございました。恭也たちみんなも、最後まで駆け抜けてくれて本当にありがとう。どうかお元気で、末永くお幸せに。また会える日を心から楽しみにしています。

 

bookwalker.jp

 

 

影響を受けた100作

好きな小説を100冊選ぶという企画は、長年何度もチャレンジしながらも最後まで選びきれずに失敗し続けていた心残りである。しかし今回、「好き」だけではなく「影響を受けた作品」との条件を追加し、100冊ではなく100作、小説だけではなく映像作品等も込みにすることで、めでたく完成させることができた。1作1作コメントを書いていきたいところなのだが、影響を受けているだけあって思い入れの強い作品ばかりが並び、コメントが非常に長くなってしまいそうなので、まずは作品タイトルのみで記事を公開する。「出会った順」で番号を付けた。なお、コメントの追加時期は未定である。

 

追記1:コメントは順調に追加できており、順調すぎるあまり後半に行くにつれ長くなる一方であるため、読むときは注意が必要であると思われる。「紹介」と「思い出語り」がメインであり、重要な展開等のネタバレはしていない。

 

追記2:予想以上に多くの方々に閲覧していただいている記事なので、遅ればせながら書き始めたきっかけを記しておく。この「影響を受けた100作」という企画は、とあるサークルの企画に、関係者ではないが自分もやってみたかったので勝手に便乗したものである。私はその企画を「影響を受けた100作を選ぶもの」と解釈して選んでみたけれど、「自分を構成する」とか「とにかく好き!」とか、そういう意味合いも含んでいる、らしい。何か迷惑をかけてはいけないのでサークル名を出したり記事を引用したりすることは控えるが、そういう経緯であったとだけ、忘れないようにここに書いておく。様々な方々の100作もぜひ見てみたいと思っている。

 

1.アンドリュー・クレメンツ『ナタリーはひみつの作家』(小説/2003)
6年生の女の子・ナタリーが自作小説を出版社に投稿し、担当編集者である母親に自分とはバレないようにして出版を目指す物語。「作家」という職業や出版の仕組みを知った。

 

2.アン・ブラッシェアーズ『トラベリング・パンツ』(小説/2002~2007)
夏場だけ離れ離れになる4人の幼馴染の少女たちが、体形の違う4人全員が履きこなすことのできる1本の魔法のジーンズを送り合って、別々の場所で刺激的なひと夏を過ごす様子を描いた青春小説。「ほんとうにそのひとを忘れるということは、忘れようとさえ意識しなくなること」という意味の文章にずっと影響を受け続けている。

 

3.ユ・ミンジュ『永遠の片想い』(ノベライズ/2004)
25歳のジファンが5年前出会った2人の女の子、元気なギョンヒと清楚なスイン。親友同士の彼女たちはある日突然目の前から姿を消してしまった。彼女たちはなぜ消えたのか、今どこにいるのか? 韓国映画のノベライズ本。映画版も好きだが、ノベライズには映画でカットされたシーンが複数入っているので、映画を見ても物足りなく感じてしまう悲しさがある。決定的なことを口にしてしまえば壊れてしまう3人の関係が繊細に描かれているお話で、「言わずにいること」の美しさや大切さ、切なさを知った。原題は『恋愛小説』。

 

4.KBS『夏の香り』(韓国ドラマ/2003)
生まれつき心臓が弱かったヘウォンは数年前に心臓移植手術を受け今は元気にフローリストとして働いている。花の写真を撮りに行った山で足を挫いて動けなくなってしまった彼女は通りがかりの男性・ミヌに助けてもらうが……。『冬のソナタ』と同じ監督の作品。「亡くなってしまった最愛のひとを忘れられるのか」と「愛し合っているのに擦れ違う2人」という今でもこだわり続けている2テーマに出会った伝説の作品。

 

5.金子茂樹プロポーズ大作戦』(ドラマ/2007)
ずっと好きだった幼馴染・礼は今日、自分以外の男と結婚する。失意のまま結婚式に参列する健の前に時を戻せる妖精(おっさん)が現れて……? 人を好きになる瑞々しい感情と、健たち5人のチーム感の心地よさを知った1作。たった「好き」の2文字でも、どうしても言えないことはあるんだなぁと……。最終話では号泣した。51『SUMMER NUDE』に続く。

 

6.伊藤たかみ『ぎぶそん』(小説/2005)
ガンズ・アンド・ローゼズにハマった中学2年生のガクは同級生のマロ、リリイ、カケルの4人でバンドを結成し、文化祭での披露を目指す。ライブは成功するのか、そしてガクとリリイの恋の行方は!? 昭和から平成への移り変わりを描いた1作でもある。私はリリイがとても好きで、彼女が最後にみんなの幸せを願う場面に心打たれた。To be,to be,ten made to be.のところ。

 

7.あさのあつこ『ガールズ・ブルー』(小説/2003~2008)
地域有数の底辺校に通う高校2年生の理穂たちのひと夏を描いた青春小説。生まれつき身体が弱くて入退院を繰り返す美咲、甲子園に出場するほど優秀な兄を持つ如月、それぞれの苦悩や叫びが克明に描かれていて、胸にまっすぐ飛び込んできた。理穂たちのパワフルな会話を聞いていると生命力を強く感じる。レッテルを貼らずに一人ひとりを見ることの難しさと大切さを知った気がする。

 

8.石崎洋司黒魔女さんが通る!!』(小説/2005~)
小学5年生の千代子は友人と「こっくりさん」をした結果、黒魔女を呼び出してしまい、黒魔女見習いとして修業をする羽目になってしまう! 千代子の学園生活の楽しそうな感じや、魔界に行って大変な目に遭うけれど乗り越えて無事で帰ってくる姿がとても印象に残っている。小学校高学年で多大なる影響を受け、呪文の一覧表を作って覚えたり友人と魔界通信販売誌『ベル魔ゾン』を作って遊んだりしていた。

 

9.はやみねかおる 名探偵夢水清志郎事件ノート(小説/1994~2009)
4月1日、隣の洋館に名探偵が引っ越してきた! ミステリをよく読むようになって今だからこそ分かる、私のミステリ好きの原点がここにあることに。「名探偵はみんなを幸せにできるように謎を解く」という信条が忘れられない。文化祭、文芸部、映画撮影、修学旅行など好きな要素が多く、青春ものを読む上での原点でもある。

 

10.板橋雅弘『ウラナリ』(小説/2005~2007)
ハンドボール部に所属する中学3年生・ひょろひょろのハヤブサの前に突然、見知らぬ美少女が現れた。気が強くてわがままな彼女・サクラのことが徐々に気になっていくハヤブサだが……? 気が強くてわがままでめんどくさい女の子は、かわいい! 全5冊なのだけれど最終巻では号泣した。サクラは何者なのか、2人の関係性はどうなっていくのか、最後まで読んで確かめてほしい。音楽小説好きやミステリ好きにも一役買っている。

 

11.白倉由美『きみを守るためにぼくは夢を見る』(小説/2003~)
10歳の朔は同い年の恋人・川原砂緒とプールでデートした帰り、誰かに誘い込まれるかのように公園で眠ってしまう。朔が公園で目覚めたとき、7年の時間が経過していて、砂緒は17歳になっていた。戻ってこない朔を、それでも待ち続けた砂緒の一途さ。10歳のまま成長していない朔を見るまわりの目の怖さ。大人になるとはどういうことなのか、恋をするとはどういうことなのか、をこの作品を通して知った気がする。

 

12.中村航『僕の好きな人が、よく眠れますように』(小説/2008)
研究室に北海道からやって来た女の子・恵。気の合う彼女に僕は惹かれていくのだけれど、決して恋に落ちてはいけない理由があった。絶対にいけないと分かっていても避けることのできない恋の引力に振り回されることを選んだ2人の物語。順番が違っていればよかったのかなとか、結局この2人は100パーセントの2人だったのかなとか、今でもよく考える。大人になってからラストシーンの再現をしたことがある。大晦日、東京タワーの前で。私が出会った小説の中で屈指の美しいシーンだと思う。

 

13.恩田陸夜のピクニック』(小説/2004)
高校最後の行事、80kmの道程を全校生徒で歩き通す「歩行祭」に挑む貴子は、自分の中だけである賭けをしていた。同じクラスの男子・融との2視点で歩行祭と貴子の賭けの行方が描かれていく、最高の青春群像劇。初めて読んだのはもう15年近く前なのに、いちばん好きな小説はと聞かれたら今でも挙げてしまう、私にとってのバイブル。読み返すたびに印象深い点が変わっていく。最近では昔のことを思い出すたびによく、「なぜ振り返った時には一瞬なのだろう。あの歳月が、本当に同じ一分一秒毎に、全て連続していたなんて、どうして信じられるのだろうか」という気持ちになる。忍が融にした雑音の話とか、みんなに忘れられてしまっても自分が覚えているからそれでいいという杏奈の芯の強さとか、夕陽の残光で金色に光る水平線を見ながら「あそこで誰かが待っている」と感じる気持ちとか、貴子の「それでも恋だったんじゃないの」とか、思考に影響を受けている場面を抜き出したら限りがない。大人数の生徒たちが入れ代わり立ち代わり現れては去っていく、その筆致が見事な青春小説であるほか、「貴子の賭けの中身は何なのか」「3年の女子を妊娠させた男子は誰なのか」「幽霊と噂される謎の少年は何者なのか」などの謎が物語を牽引していくミステリとしての読み方もできる。

 

14.津原泰水ブラバン』(小説/2006)
自分の結婚式で高校時代の吹奏楽部を再結成したい。先輩の願望に誘い込まれた他片は当時の仲間に声を掛けて回るが、中には連絡のつかないメンバーもいて……? 1980年代と25年後の現在が交互に描かれる青春群像劇。舞台は広島で生き生きとした広島弁が作中を駆け巡る。時が経って青春時代の仲間と再会して何か一つのことを成し遂げる、「同窓会もの」をすきになったきっかけの1作であり、竹内真『風に桜の舞う道で』も同時期に読んだ同テーマの小説として印象に残っている。「青春時代を共にした仲間が亡くなっていることもある」という展開は当時小学生だった私には強烈で、死生観にも影響を与えられた。

 

15.米澤穂信 小市民シリーズ(小説/2004~)
高校1年生の小鳩君と小佐内さん。2人は手と手を取り合って目立たず慎ましい小市民を目指しているが、小鳩君はなぜかいつも探偵として推理をしなければいけないような状況になってしまい……? 初読のときは分からなかったが、今思えば自分の目指す方向に必ず生きられるとは限らないこと、人には役割というものがどうしてもあってしまうことを知った気がする。『夏期限定~』が近所の書店になく取り寄せてもらって、入荷連絡が来たときに比喩でなく走って取りに行った。現在に至るまで何度も何度も読み返しているシリーズ。

 

16.米澤穂信 古典部シリーズ(小説/2001~)
省エネ主義の折木奉太郎は高校入学直後、姉から厳命を受け部員が1人もいなくなってしまった「古典部」に入部する。誰もいないはずの部室には目を惹く少女が佇んでいて……? 小市民シリーズを読んだ後、少し間を開けてから読んだ。間が開いた理由としてはポップな見た目の小市民シリーズと違って渋くて難しい印象を受けていたからなのだけれど、『氷菓』を読みながら「もっと早く読めばよかった!」と後悔したのを覚えている。影響を受けた部分は小市民シリーズよりも多いと思う。学校にプライベートスペースを作るという発想を得たり(実現はしなかった)、『愚者のエンドロール』のクライマックスでの奉太郎の言葉の意味が分からなくてずっと悩んだり、『クドリャフカの順番』を読んで文化祭に憧れたり。古典部シリーズも何度も何度も読んだのだけれど、年齢が奉太郎たちに近づくにつれて初読のときには分からなかった彼らの心の機微が感じ取れるようになってきてうれしかったのを覚えている。『クドリャフカの順番』の痛みとか、「あきましておめでとう」でえるが人を呼ぶのを躊躇った理由とか、『ふたりの距離の概算』での大日向の気持ちとか。今でも完璧に理解しているとは言い難い物語ばかりのシリーズで、だから一生かけて付き合っていくのだと思う。

 

17.越谷オサム『空色メモリ』(小説/2009)
文芸部をたった一人で守っている冴えない部長・ハカセに春が来た! かわいい新入生の野村さんとハカセがうまく行くように、部室に入り浸っているハカセの友人のおれは取り計らうのだが、そのうちおれが書いている小説が入っているUSBメモリが盗まれるという事件が起きてしまう。はやみねかおるの影響で文芸部と聞けば目がなかった時代に、新聞に載っているレビューを読んで書店まで買いに行ったのを覚えている。「ライトノベル」という単語を初めて知った、貴重な1冊である。

 

18.竹内真『文化祭オクロック』(小説/2009)
文化祭1日目の朝。校内放送からは「DJネガポジ」を名乗る人間の陽気なラジオが流れてきた。文化祭プログラムに予定されていない内容に戸惑う実行委員、秘密を拡散されて憤る美少女、好きな女の子を振り向かせるべく張り切る野球部の元エース、そして文芸部の「探偵」の4視点で文化祭の1日が描かれていく青春群像劇。『空色メモリ』の巻末に広告が入っていて、文化祭と聞けば目がなかった私は書店に買いに行った。今思うとミステリではないのだが、当時はDJネガポジの正体が誰なのかワクワクしながら読み進めたものだ。私の理想の文化祭がすべてここにある。これを読んだときは「余韻」というものをあまり理解しておらず、「竹内先生、2日目の話はなんで書いてくれないんだろう……」と思っていたものだ。「新海誠」「セカイ系」という単語を初めて知った、これまた貴重な1冊である。

 

19.霧舎巧 私立霧舎学園ミステリ白書シリーズ(小説/2002~)
横浜にある私立高校・霧舎学園。転入してきた2年生の琴葉は1日目から死体を発見してしまう。挙句に同級生の見知らぬ男子と事故でキスしてしまい……? 初めて読んだ人の死ぬ本格ミステリがこれだったので、ずいぶん経ってから邪道扱いされていると知り衝撃を受けた。4月編の巻頭に霧舎学園の入学案内が付いているのだけれど、それを読むのが楽しすぎて一時期「中高パンフレットマニア」になっていた(今でも若干そのきらいがある)。国公立理系、国公立文系、私立理系、私立文系などの分類を初めて知り、国英社の3教科だけで受けられる私立文系の大学を受けようと心に決めるきっかけになった、伝説の1冊である。

 

20.豊島ミホ檸檬のころ』(小説/2005)
教室の息苦しさ、夢を追いかける辛さ、東京への憧れ。田舎の高校を舞台に青春時代を描く連作短編集。『きみが見つける物語』のスクール編を読んで1編目の「タンポポのわたげみたいだね」に出会い、他の作品も読んでみたくて『檸檬のころ』を探した覚えがある。当時の私は小学生で、高校に多大なる期待があって、その期待を大いに助長させた1冊だったと認識している。高校生になればそれだけで何かが変わると信じていたが、実際はそうではないと気づくのはずっと先、すべてが終わってからのことだった。東京への憧れは、すなわち秋元加代子への憧れだったのかもしれないと、今になって思う。豊島ミホ作品は、この後10年くらいかけて読破した。

 

21.森博嗣『小説家という職業』(エッセイ/2010)
森博嗣先生の作家稼業事情がすべて分かる1冊。当時の私は小説を書くノウハウ本にハマっていて、そういうものだとばかり期待して読んだのだが、森先生の天才的エピソードばかりが出てきて度肝を抜かれた。よく覚えているエピソードは、横書きで出せる賞がメフィスト賞しかなかったから出した、シリーズもので1巻がいちばんおもしろいのが不満だったので少しずつおもしろくなっていくように計算しながら書いた、原稿を出した後も同じシリーズを投稿し続けていたら3作目を投稿した後に編集者から連絡が来て、「今4作目を書いている」と言ったら「それを1作目にして出版しましょう」と言われた、など。幼心にとんでもない作家がいると分かった。ここから『すべてがFになる』を読むまで7年くらいかかった。要はびびっていたのである。このエッセイを読んでいなかったら、私はもっと早く森ミステリィに出会っていたかもしれない。

 

22.谷川流 涼宮ハルヒシリーズ(小説/2003~)
ただの人間には興味ありません。俺の後ろの席の女は高校入学早々演説をぶちかまし奇行に走りまくっている。その女、涼宮ハルヒにうっかり話しかけてしまいなぜか気に入られた俺はSOS団というハルヒの作った謎団体に入る羽目になり……? 『空色メモリ』で「ライトノベル」という単語を初めて知った私が初めて読んだラノベがこれ。当時受験生だった私の唯一の夏の思い出がハルヒを読んだことであった。チームでの高校生活も文化祭も文芸部も映画撮影もすべてあり「私が読みたかったのはこれだ!」と心の中で快哉を叫んだ覚えがある。すべてにおいて影響を受けているが、いちばんは「メイド服への憧れ」だろうか。この後実際にメイド服を着るまで10年以上かかった。

 

23.はやみねかおる 少年名探偵虹北恭助の冒険シリーズ(小説/2000~2009)
野村響子は商店街のケーキ屋さんのかわいい看板娘。同級生の恭助は小学生なのに小学校に通っていない。なんとか恭助に学校に来てほしい響子は放課後によく恭助が店番をしている古本屋「虹北堂」に通うのだけれど……? 恭助の「ぼくは社会生活不適合者なんだ」という言葉がすごく印象に残っている。シリーズが終わるとき彼が取った選択も含めて、ことあるごとに思い出す作品である。

 

24.野村美月 〝文学少女″シリーズ(小説/2005~2011)
本を食べちゃうくらい好きな〝文学少女″の天野遠子先輩と、元覆面天才美少女作家の井上心葉少年。2人は放課後の文芸部でのひと時を和やかに(?)過ごしていたが、「あたしの恋を叶えてください」という依頼人が飛び込んできて……? ハルヒの次に読んだライトノベルがこれだったので、最初はハルヒとは違う暗いトーンに戸惑ったのだけれど、読み進めていくうちにどんどん虜になっていった。最終的には友人たちに貸しまくって〝文学少女″シリーズブームを巻き起こすところまで行った。影響を受けた2大台詞は「書かなくてもいい。ずっとそばにいる」と「あなたは受賞者にはなれても小説家にはなれない」。こちらもことあるごとに思い出す。遠子先輩が最後に選んだ道が切なくて、悲しくて、ちょっと分かるけれど私はこうはなれないなあ、と思いながら泣いていた。この後、野村美月作品を追いかけ続ける人生が始まる。

 

25.西尾維新 戯言シリーズ(小説/2002~2005)
天才の集まる島に工学の天才・玖渚友の付き添いで訪れたぼく・いーちゃんだが、殺人事件に巻き込まれてしまう! 涼宮ハルヒシリーズがきっかけで仲良くなった絵の上手な友人に貸してもらって読んだのだけれど、今まで読んでいた小説とは言葉選びの何もかもが違って衝撃を受けた。多感な時期に読んだので、どこに影響を受けたのかよく分からないレベルで影響を受けてしまっている気がする。このシリーズも初読では理解できない部分がいくつもあり、何度も何度も読み返した。「だったら一緒に、死んでくれる?」へのいーちゃんの回答とか、欠けている部分が多すぎて誰もが自分と似ていると思ってしまうといういーちゃんの性質とか、推しの巫女子ちゃんや最推しの姫ちゃんのこととか、今でもよく思い出す。

 

26.西尾維新 物語シリーズ(小説/2006~)
高校3年生の阿良々木暦はGW明け、階段の上から降ってきたクラスメイト、戦場ヶ原ひたぎを受け止める。彼女には体重がなかった。散々な目に遭いつつもひたぎに手を差し伸べようとする暦だったが……。『化物語』から始まる一連のシリーズ。読み始めたときには『花物語』までしか出ていなかったのだけれど、どんどん増えていった。最新刊を読むごとに推しヒロインが変わっていっていたのだが、『結物語』でようやく羽川翼に落ち着いた。自分の行為が無意味だったかもしれないと思うたびに心の中の阿良々木君が「無理だったかもしれない。無茶だったかもしれない。でも無駄じゃなかった」と言ってくれる、世間的に見てネガティブなことを選ぶときに「○○をする勇気!」と言って自分を奮い立たせてみるなど、様々な影響を受けている。

 

27.西尾維新 世界シリーズ(小説/2003~)
一学年下の最愛の妹のクラスメイトが殺されたらしい。櫃内様刻は保健室登校の問題児・病院坂黒猫と共に調査に乗り出す。西尾維新が描く究極の学園ミステリ。櫃内様刻が最後に辿り着いた答えに倫理観を揺さぶられ心が打ち震えた。文庫化と最終5巻をずっと待ち続けている。

 

28.野村美月ヒカルが地球にいたころ……』(小説/2011~2014)
外見で怖がられずっと友達ができない是光は、亡くなった美貌の同級生・ヒカルの葬儀に出席した帰り、幽霊になったヒカルに憑りつかれていることに気づく。関わった女の子たちへの心残りを晴らさないと成仏できないと宣うヒカルに辟易しながら、是光はしぶしぶ女の子に声を掛けていく羽目になるのだが……。『源氏物語』をベースにした、野村美月先生の〝文学少女″シリーズの次の物語。これがきっかけで『源氏物語』に興味を抱き、大学の卒業論文でも『源氏物語』を扱った。

 

29.相沢沙呼/市井豊/鵜林伸也/梓崎優/似鳥鶏『放課後探偵団 書き下ろし学園ミステリ・アンソロジー』(小説/2010)
酉乃初シリーズと聴き屋シリーズと市立高校シリーズに出会い、鵜林先生と梓崎先生のことを知るきっかけになった伝説のアンソロジー。梓崎先生の「スプリング・ハズ・カム」という素晴らしい青春ミステリが収録されており、今のところここでしか読めないため、未読の方は是非チェックしてみてほしい。

 

30.似鳥鶏 市立高校シリーズ(小説/2007~)
葉山君の通う高校の部室棟には幽霊が出るらしい。怖がる吹奏楽部員に調査を依頼された美術部の葉山君は、実際に幽霊に遭遇してしまい、名探偵の先輩・文芸部の伊神恒さんに助けを求める。読み始めた頃にちょうど新刊が出たので定期的に新刊が出るシリーズだと思っていたらその後何年も出なくてびっくりした思い出。文化部への憧れを強めていくきっかけのシリーズとなった。柳瀬沙織さんという演劇部の憧れの先輩が出てくる。似鳥先生はこれ以降ずっと追いかけている。

 

31.相沢沙呼 酉乃初シリーズ(小説/2008~)
姉に連れられていったバーで出会ったマジシャンは、美少女クラスメイトだった! ポチこと須川君は彼女、酉乃初と共にささやかな日常の謎に遭遇していく。須川君の恋の行方はいかに? 前述の葉山君も須川君も下の名前が明かされないので、日常の謎作品にはそういう様式美があるのかと勘違いしていた。相沢先生もこれ以降ずっと追いかけていて、『ラプンツェルプレッツェル』のサイン会には何としてでも行きたいと思っている。

 

32.村崎友/五十嵐貴久/近藤史恵/三羽省吾/はやみねかおる『学園祭前夜―青春ミステリーアンソロジー』(小説/2010)
はやみね先生の短編目当てで読んだら全部がおもしろかった。特に村崎友先生の「ディキシー、ワンダー、それからローズ」が初めから終わりまで好き。Twitterを始めたてのころにこの作品が好きだとつぶやいたら、村崎先生のお知り合いだというフォロワーさんを通してお礼を言われて驚いた思い出がある。村崎先生はその後も青春ミステリ界でご活躍されていてとてもうれしい。

 

33.アサウラベン・トー』(小説/2008~2014)
半額弁当争奪戦。閉店間際のスーパーで行われるそのバトルにはいくつものルールがある。これはその美しさに魅せられた高校生たちの熱き戦いの記録である。とんでもない設定だがめちゃくちゃおもしろいのでおすすめのシリーズ。影響を受けた部分と言えば、主人公・佐藤洋の変態っぷりであろうか。変態という人種を初めて目の当たりにし衝撃を受けたことを強く覚えている。26の阿良々木君とこの佐藤、そして次に紹介する作品の主人公の杉崎鍵は、私の中では3大変態として名高い。

 

34.葵せきな生徒会の一存』(小説/2008~2013)
人気投票で美少女ばかりが集まる生徒会執行部に学力枠で入ることになった杉崎鍵は美少女たちと毎日楽しい生徒会活動を繰り広げる。全編の8割以上がボケツッコミの会話劇やパロディ等の伏字多発などとにかく新鮮で毎巻笑い転げていた。4回あったラジオ回がいちばん好き。最終巻では号泣が止まらなかった。会長の最初の(パクリ)名言「世の中がつまらないんじゃないの。貴方がつまらない人間になったのよっ!」は、常に心の中に留め置いて、つまらないと感じるたびに思い出すようにしている。

 

35.竹宮ゆゆことらドラ!』(小説/2006~2010)
目つきが悪すぎて周りからヤンキーだと思われている高須竜児は高校2年の春、間違って差し出したラブレターを取り返すために木刀を持って家に殴り込んできた美少女・逢坂大河と出会う。大河は竜児の親友の北村を、竜児は大河の親友の櫛枝実乃梨を好きだと判明したためお互いに協力することになるが……? 恋愛模様がこんがらがる最高の青春群像劇。私は大河も亜美も大好きだけれどやっぱり櫛枝実乃梨派で、幽霊の話とかに影響を受けた。櫛枝実乃梨みたいな女の子にずっとなりたいと思っていた。

 

36.葉村哲おれと一乃のゲーム同好会活動日誌』(小説/2010~2014)
生まれ持った異能を持て余す高校生たちは放課後ゲームに明け暮れる! 基本的に日常ものなのだけれどたまに衝撃の事実が明かされたりするので目を離せない。初めて評判を聞いてではなく書店で気になって手に取ったライトノベルがこれだった。サブタイトルがいつも「終わり」にちなんでいて好き。このブログの由来にもなった。

 

37.渡航やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(小説/2011~)
捻くれ高校生・比企谷八幡は国語教師の平塚静に呼び出され奉仕部という謎部活に加入することになる。奉仕部には雪ノ下雪乃という美少女が所属していて……? 2010年代を代表する青春ラブコメ、言わずと知れた俺ガイル。比企谷八幡という主人公との出会いはどう考えても私の人格形成に影響を与えている。私が東野圭吾伊坂幸太郎をあまり読まないのはどう考えても比企谷八幡のせいではないだろうか。6巻の八幡の行動には心揺さぶられた。本編完結の2019年に私の青春も終わったのかもしれないと今になって思う。いちばん影響を受けた考え方は、けれどマイベストヒロイン由比ヶ浜結衣のこの台詞。「始め方が正しくなくても、中途半端でも、でも嘘でも偽物でもなくて……、好きって気持ちに間違いなんてない……と、思う、けど……」若い時分に彼女のこの台詞に心打たれていなければ、道を誤っていたのではないかと思う場面がいくつもある。由比ヶ浜結衣にはいくら感謝してもしきれない。

 

38.京都アニメーション氷菓」(アニメ/2012)
16の古典部シリーズが映像化すると知って楽しみにしていた作品。アニメをほぼ見ることのない幼少期を送っていたため、こんなにも美しいアニメーション作品があるのかと衝撃を受けた。私に(たまにレベルだが)アニメを見る習慣がついたのは、間違いなく「氷菓」のおかげである。

 

39.河野裕サクラダリセット』(小説/2009~2012)
リセット。ひと言つぶやくだけで世界を3日間巻き戻せる少女・春埼美空と、巻き戻されてなくなった時間のことも覚えていられる完璧な記憶保持能力を持つ少年・浅井ケイが、能力者の街・咲良田で起きた事件を解決していく物語。思考をすべて作り替えられたレベルで影響を受けているので例を挙げることが難しい。コンテンツの好みさえ大きく左右されている。私は今でもこのシリーズを河野裕先生の最高傑作だと思っているが、それはそれとして河野裕先生の最高傑作は常に最新作だと信じてもいる。

 

40.河野裕『ベイビー、グッドモーニング』(小説/2012)
サクラダリセット』最終巻と同時発売だった短編集。「ジョニー・トーカーの『僕が死ぬ本』」の小説家の文章を書くことについての考え方とか、「八月の雨が降らない場所」の献身とかに影響を受けている。スニーカー文庫版で何度も読み返している本で、角川文庫版を読んだときになんとなく「スニーカー文庫版のほうが好きだな」と思った記憶がある。

 

41.野﨑まど『2』(小説/2012)
天才脚本家・御島鋳の劇団『パンドラ』に厳しい審査を経て入団した青年・数多一人。だが『パンドラ』は新たに入団審査を受けに来たある少女によって壊されてしまう。彼女の名は、最原最早といった。2012年8月25日。奇才・野﨑まどを一生追いかけていこうと決めた日。今でこそ『2』を読む前に『[映]アムリタ』~『パーフェクトフレンド』を読んでいたほうがいいことは周知されているが、発売日に読んだ私はそんなことは知らず『死なない生徒殺人事件』を未読のまま『2』を読んでしまった。読書人生における最大の過ちかもしれない。もしもこの文章を読んでいる方でアムリタからの5冊を読まずに『2』を読みたいと思っている方がいたら、悪いことは言わないから5冊とも読んでから『2』を読んでほしい。一生のお願いです。

 

42.青崎有吾 裏染天馬シリーズ(小説/2012~)
6月、雨の日。体育館の舞台上で男子生徒が死んでいるのが見つかった。女子卓球部の部長が犯人扱いされてしまう中、部長を尊敬する柚乃は藁をもす縋る思いで天才に頼ることにした。全教科満点で学年首位、学校に住んでいると噂される変人・裏染天馬に。この頃の私は人の死ぬミステリが怖くて苦手だったのだけれど、このシリーズは読んでいた。クローズドサークルにはならず、警察が入ってきっちり捜査してくれるのがうれしかった。青崎先生もこの後追いかけ続ける。この日の出会いが私の大学時代に多大なる影響を及ぼすことになるのだが、それはまた別の話。

 

43.有川ひろ 図書館戦争シリーズ(小説/2006~2008)
あらゆる図書が検閲され表現の自由が失われつつある時代。図書館の自由に関する宣言に基づき、全国の図書館は「図書隊」という防衛組織を持っていた。大学卒業後図書隊に入ることを選んだ笠原郁。高校生のときに助けてくれた憧れの王子様を追いかけてきたのだが、彼女の図書隊生活は一筋縄ではいかなくて……。文庫化を機に読んで、当時仲の良かった友人たちと全員でどハマりした伝説のシリーズ。郁の「貴方を追いかけてここまで来ました」という言葉をいつか誰かに言いたい気持ちがある。追いかける相手が誰なのか、はっきりとしていないところが難しいところだ。男性陣の推しは手塚光。女性陣だと柴崎。

 

44.庵田定夏ココロコネクト』(小説/2010~2013)
文研部に所属する高校1年生の太一たち5人はあるとき魂と身体が入れ代わる不思議な現象に見舞われてしまう。解決したかと思いきや次々と変な現象に巻き込まれていく5人だが、その中で様々な関係が変化していき……。ライトノベルにおける青春群像劇の、最高峰近くに位置する作品だと思っている。太一が恋している永瀬伊織という少女が私はとても好きで、そんな彼女が4巻で「イメチェン」したことがうまく受け入れられなかった。今思えばなぜできなかったのだろうと後悔することしきりだけれど、この経験は確実に私を作っている。

 

45.更伊俊介犬とハサミは使いよう』(小説/2011~2015)
三度の飯より本が好きな高校生・春海和人は突然予期せぬことで命を落としてしまう。どうしても本が読みたい、その一心で転生した和人だったが、自分が犬になっていることに気付き……? 犬になってでも本が読みたいという和人の執念と、次々に出てくる作家や編集者や読書家といった本に関わる個性豊かな人々に圧倒され、こんな世界があるんだ、と明るい気持ちになった。出てくる本はすべてオリジナルなのだがあらすじや装丁の設定がいちいち凝っていて楽しい。アニメの円盤の特典を最後に文庫にまとめて出してくれたときには感動した。

 

46.朝井リョウ『少女は卒業しない』(小説/2012)
その高校では今年度の卒業式が3月25日に行われる。翌26日から校舎の取り壊しが始まるため、生徒たちの希望でそうなった。卒業式の朝に、始まる前に、最中に、終わった後に。様々な想いを秘めた少女たちが、最後のときを過ごしてゆく。7編すべてがゆるやかなつながりを見せ、最初のほうの短編では謎だったことが後の短編で明かされるような、うれしいたくらみに満ちた連作集。この本を手に取ったのがどこの書店で、どのあたりの棚だったのか、明確に覚えている。朝井先生の作品は『桐島~』を読んでいて、そのときにはあまりピンと来ていなかったのだけれど、こちらは好みにどんぴしゃで、何度も何度も読み返した。今年めでたく映画化され、映画版の『少女は卒業しない』も、ちょっとありえないくらい素晴らしい作品だったので、今この文章を読んでいる方で少しでも気になっている方がいたら、ぜひ劇場に足を運んでほしい。間違いない1作だから。

 

47.杉井光神様のメモ帳』(小説/2007~2014)
高校1年生の冬、友達のいない僕はクラスメイトの彩夏に連れられてニートたちに出会い、知らなかった世界を見た。少しおかしなこの時間がずっと続くと思っていた……彩夏が屋上から飛び降りるまでは。ニート探偵・アリスの助手になった僕、ナルミはニート探偵団の力も借りながら、彩夏がその選択をした理由を探ろうとするが……? 初めての杉井光がこの作品で、なんて読むのが苦しくて、痛切で、なのに惹き込まれてしまう物語を書くひとなんだろうと思った。私が読み始めたときにはもう8巻まで出ていたのだけれど、最終9巻は長年待った上で読むことができた。もしも途中でやめてしまった、最終巻は読めていない、という方がいたらこの機会に読んでみてほしい。ナルミとアリス、そして世界一かっこいいニートたちの選択と未来を、その目に灼きつけてほしい。

 

48.杉井光さよならピアノソナタ』(小説/2007~2009)
高校生になる前の春休み、電車に乗っていった先の「心からの願いの百貨店」と名付けたゴミ捨て場で、ナオはゴミたちが音楽を奏でているのを聴く。その中心でピアノを弾いていたのは透き通るような琥珀色の髪をした一人の女の子で……。私の「いちばん好きなライトノベル」の座に長年にわたって君臨し続けた(ひょっとしたら今もし続けている)伝説の青春音楽ストーリー。ナオと真冬と千晶と響子。彼らはほんとうに大切なことだけはどうしても伝えることができなくて、実はばらばらだったのに音楽が彼らを強く結びつけていて、だからなんでも分かっているような気になってしまっていた、というところがとてもいとおしい。だって小説っていうのは、言葉にしてしまえば簡単なことを、なのに伝えることができない、弱くて不器用でやさしいひとびとのためにあってほしいと願っているから。

 

49.杉井光『終わる世界のアルバム』(小説/2010)
亡くなった人が次々と記憶から消滅してしまう世界で、自分のカメラで撮った人間のことは亡くなっても覚えていられるぼく=マコは、あるときクラスに見たことのない少女が紛れ込んでいることに気付き……? シリーズものではなく1冊完結の作品なのだけれど、だからこそ完成度が驚くほど高い。豊島ミホの『エバーグリーン』を読んで「奈月」という名前が異常なまでに気に入っていた私は、いつかどこかでその名前を使おうと思っていたのだが、杉井光がこの作品のヒロインの名前に使っていたので、ひっそりと諦めた。この小説を読んでいなかったら、もしかしたら私のハンドルネームは「奈月」だったかもしれない。この前単行本版を見つけて買ってしまった。

 

50.杉井光『生徒会探偵キリカ』(小説/2011~)
8億円。中高一貫マンモス校・白樹台学園の年間生徒会予算だ。そのすべてを管理しているのは、生徒会執行部会計の聖橋キリカ。生徒会長により生徒会執行部に引っ張られた主人公・牧村ひかげは不登校児のキリカのお世話をするうちに彼女にもう一つの役職「探偵」があることを知り……? 生徒会と探偵。当時の私の2大好きなものが組み合わさったこの単語に心が躍らないわけがなかった! ひかげの詐欺師っぷりが毎巻ツボだった。好きなヒロインは生徒会中央議会議長の神林朱鷺子さんで、彼女と会長の関係性がとても好き。2巻のあとがきで明かされる「聖橋」の由来がずっと頭に残っていて、今でもたまにその場所を通るたびに白樹台学園のことを思い出す。で、S2はまだですか?

 

51.金子茂樹『SUMMER NUDE』(ドラマ/2013)
写真館で働いている三厨朝日は3年前に突然目の前から姿を消した恋人のことを忘れられずにいた。そんな彼の前に結婚式場で結婚相手に逃げられた女・千代原夏希が現れる。シェフである彼女を朝日は、オーナーが産休中の海の家の料理人になってもらおうとお願いするが……? 千葉の海に面する町で大人たちのモラトリアム・ラブストーリーが始まる。夏、花火、多角関係、青春群像劇。私の好きな要素がすべて詰まったドラマだし、好きな要素をこれで形作られたといってもいい。5の『プロポーズ大作戦』の脚本家がふたたび山下智久長澤まさみでドラマを作ると聞いてとても楽しみにしていたのだけれど、想像以上の作品だった。このドラマの研究をしている先生のいる大学に行こうとしていた過去を持つ。

 

52.似鳥鶏 戦力外捜査官シリーズ(小説/2012~)
警視庁捜査一課火災犯捜査2係の設楽は部長からキャリア組のお守りを押し付けられる。彼女・海月千波は身長は150cm弱の美少女だった! このシリーズは、警察ではない、本来であれば事件を止められる力を持たないはずの一般市民たちの勇気ある行動によって惨劇が防げるという場面が終盤に毎回あって、そこでどうしても泣いてしまう。私もどこかで誰かの役に立てるかもしれないという気持ちが捨てきれないのは、この作品のおかげかもしれない。

 

53.野村美月『吸血鬼になったキミは永遠の愛をはじめる』(小説/2014~2017)
バスケ一筋の高校生・詩也はその夜、人ではないモノになってしまった。強豪校からの転校を余儀なくされ気力を失った詩也が転校先の高校で出会ったのは、聖女のような上級生、演劇部の春科綾音で……? 『ヒカル~』を完結させた野村美月先生が次に始めたシリーズ。1巻を読んだ時点で「これは〝文学少女″シリーズを超えるシリーズになる!」と思っていたのだけれど、残念ながら5巻で打ち切りになってしまった。私が経験した初めての打ち切りだったので、当時は随分と意気消沈したものである。実は今でも少し引きずっている。5巻が出た半年後に単行本でその後の話が出た。やっぱり野村美月先生が想定した終わり方で読みたかったなあと思った。

 

54.野村美月『陸と千星~世界を配る少年と別荘の少女』(小説/2014)
新聞配達のアルバイトをしている、絵を描くことが好きな中学生・陸と、両親が離婚の話し合いをしている夏の間別荘で過ごすことになった同い年の千星。ひと夏の切なくて儚い恋の行方は? 陸が千星の別荘に毎朝新聞を届けるのだけれど、2人はほとんど言葉を交わさない。それでも少しずつ惹かれていく。究極の恋だと思う。好きな要素がたくさん詰まっていて、夏になるたびに読み返したくなる作品。

 

55.庵田定夏『アオイハルノスベテ』(小説/2014~2016)
輪月高校の生徒だけ発動する特殊能力・シンドローム。それによって高校3年間巻き戻った横須賀浩人は、高校生活をやり直しながらまき戻りのきっかけになった女子生徒を探そうとするが……? 最高のオールデイズ青春グラフィティ。『ココロコネクト』を完結させた庵田定夏先生が次に始めたシリーズ。こちらも「順当に完結すれば『ココロコネクト』を超える!」と思っていたのだけれど、残念ながら最後のほうはかなり駆け足で完結してしまった。こちらは『吸血鬼~』以上に引きずっている。

 

56.七月隆文ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(小説/2014)
大学生のぼく・南山高寿は通学電車の中で一目惚れする。一世一代の決心をして話しかけたら、彼女が不意に泣き出して……? この頃の私はインターネットで新刊情報や気になる本の情報を収集するようになっていたので、書店に行ってパッと目についた本を読むということがめっきりなくなってしまっていたのだけれど、この作品は久々に「一目惚れ」した本だった。すぐに読んで、感想をどこかに残したくて、読書ノートを書き始めたのをよく覚えている。気づいたら非常に話題になっていて、ものすごく売れていて、初版で読んだ私は一人でこっそり鼻を高くしていた。映画版も好き。

 

57.河野裕 階段島シリーズ(小説/2014~2019)
11月19日午前6時42分、僕は彼女に再会した。捨てられた人々が集まる島で平穏に暮らしていた高校生の七草は、彼女・真辺を島から追い出そうとする。彼女だけには絶対に会いたくなかったから。新潮文庫nexという新レーベルが始まると聞いて、執筆陣に河野裕の名前を見つけたときの気持ちは今でも忘れられない。竹宮ゆゆこもいたので「この2人を引っ張ってきてくれるなんて!」と感動した。タイトルも表紙も本当に好きで、ずっとワクワクしていて、もちろん中身も最高だった。階段島シリーズに関しては何時間でも語れるほど思い出があるので、詳しくはまた別の機会に譲るけれど、真辺と七草と、堀を隣で見てきた青春時代が、私の大部分をつくっていることは間違いない。

 

58.河野裕/河端ジュン一『bell』(3D小説/2014~)
この作品に関しては説明が必要かもしれない。ネット上でリアルタイムで更新されていく小説の中の謎を現実の読者が解いたり行動したりすることで話の展開が変わっていく、「飛び出す小説」である。絶望の中にいて死ぬ運命にある少女を救うストーリーで、世界観のすべてが謎になっており、「飛び出す」企画と合わせてとても惹き込まれる物語だった。2014年の夏に第一部が、クリスマスに第二部が行われ、残る第三部で完結なのだが、残念ながらいまだに第三部が行われる気配がない。準備も開催中も本当に大変な企画だと思うので3D小説の形で開催することは難しいかもしれないが、残された大量の謎の答えが気になるので、どんな形であれ実現してほしいと願っている。それが果たされない限り、私はいつまでも水曜日のクリスマスにいる。

 

59.竹宮ゆゆこ知らない映画のサントラを聴く』(小説/2014)
23歳、無職。錦戸枇杷の前に親友の元カレ・昴が現れる。なぜか女装をしているそいつと、枇杷はひょんなことから同棲することになり……? 『ゴールデンタイム』を完結させた竹宮ゆゆこライト文芸界に颯爽と現れた! 独特のゆゆこ節は本作でも健在で、辛い話ではあるのだけれど読んでいるのがとても楽しかった。まるで知らない映画のサントラを聴いているときのように、耳心地よくていつまでも浸っていたくなるような、とにかく好きな物語。

 

60.森見登美彦ペンギン・ハイウェイ』(小説/2010)
小学4年生のアオヤマ君は今でも賢いのに努力を欠かさない。だからうんと賢くなって、いつか――。友人にすすめられて読んだ初めての森見作品。この後森見作品にドハマりし、最終的には友人と私で森見作品聖地巡礼に行くまでになった。この作品は本当にいとおしくて、切ない。アオヤマ君が夢を叶えられることを、ずっと願っている。もしも小学生の時分に読んでいたら、もしかしたら理系に進んでいたかもしれない。映画版もとてもとても好き。

 

61.森見登美彦夜は短し歩けよ乙女』(小説/2007)
大学生の私はサークルの後輩である黒髪の乙女にずっと恋している。あの手この手で偶然を装って彼女に会いに行く先輩だが、彼女は「奇遇ですねえ」と笑うばかり。春の先斗町で、夏の古本祭りで、秋の学園祭で、冬の京都の街中で。私と黒髪の乙女のめくるめく1年間を追いかけるとびきりの青春小説。これを読んで下鴨神社の古本市に行き、進々堂に行った。黒髪の乙女のように夜の町を練り歩きたいなと夢見ているのだが実現する気はしない。映画版の記憶も強く残っている。

 

62.河野裕『つれづれ、北野坂探偵舎』(小説/2013~2018)
天才作家の雨坂続と、元編集者で今はカフェ・徒然珈琲のオーナーの佐々波蓮司。二人は徒然珈琲で背中合わせに腰かけながら、物語を作るように幽霊がらみの事件を解決していく。河野裕先生の隠れた名作。『サクラダリセット』や階段島シリーズと比べて読んでいる人が少なく、もっと読まれてほしいという気持ちと独占していたい気持ちがないまぜになっている。書くことと読むことについて、小説について、それから才能についての物語。4巻が過去篇で、佐々波蓮司の元恋人との話が語られるのだけれど、その彼女――萩原春を私は愛している。あちら側へ行けなかった彼女が、彼女が選んだ道が、いとおしくてたまらない。一時期校正者になろうかと思っていたほど影響を受けている。佐々波蓮司と萩原春は、河野裕作品の中でいちばん好きなカップリングである。

 

63.米澤穂信『王とサーカス』(小説/2015)
フリー記者の太刀洗万智は、取材で訪れたネパール・カトマンズで皇族が皇太子に殺されるという大事件に遭遇する。情報を得るためにコンタクトを取った相手が翌日死体となって見つかり、太刀洗は苦悩する。この男は、私のために殺されたのか? 初めて米澤穂信先生のサイン会に行き、為書き入りのサインを書いてもらった思い出の一冊。手紙を渡したら「拝読いたします」と受け取っていただけたことがずっと忘れられない。『王とサーカス』を読むまでは米澤先生は青春ミステリの作品しか読んでいなかったのだけれど、これを機に全作読破した。太刀洗万智の心を苦しめたその問いは、ずっと私の胸に留め置かれている。

 

64.米澤穂信さよなら妖精』(小説/2004)
「哲学的意味はありますか?」異邦からやって来た少女・マーヤとの出会い。彼女が自分の国に帰った後、おれたちの最大の謎解きが始まった。初めて読んだのは27の世界シリーズを読んでいたあたりのときなのだけれど、実感を持って感じられるようになったのはこの頃だった。マーヤがクライマックスで言った言葉の意味も、結末も、かつての私にはまるで理解できていなかったのだが、ようやく分かってきた。今でも本当に、理解したと言えるのかは自信がないけれど。それでも私は守屋路行のその想いに意味はあったと、信じている。

 

65.三秋縋『三日間の幸福』(小説/2013)
寿命を買い取ってくれる店があるらしいと聞いた俺は金の工面のためにその店を訪れるが、予想外に安い値段を付けられてしまう。どうやら俺の人生にはこの先悪いことしか起きないらしい。3か月間を残し寿命を売り払った俺は、監視員として付いたミヤギという少女に見られながら余生を過ごすが……? 初めて読んだ三秋作品で、この後、三秋縋が描く幸福に魅せられて現在に至ることになる。どうしようもなかった俺=クスノキがミヤギと過ごすうちに気付いたことは、今でもふとしたときに思い出す。

 

66.三秋縋『君が電話をかけていた場所』『僕が電話をかけていた場所』(小説/2015)
生まれつきある顔の痣によって皆から気味悪がられてきた深町陽介は高校入学前、深夜に公衆電話のベルが鳴っているのを耳にする。おそるおそる受話器を取った陽介に、電話の向こうの女は「諦め切れない恋が、あなたにはあるはずです。違いますか?」と問いかけ……? 忘れられない夏の物語。電話二部作と勝手に呼んでいる。1頁目の1行目から惹き込まれるという稀有な経験をした。この作品で描かれる四角関係がとても好きで、私の中では青春群像劇枠にも入っている。荻上千草はマイベスト三秋縋ヒロイン。

 

67.三秋縋『いたいのいたいの、とんでゆけ』(小説/2014)
大学4年生の秋。内定が出ず唯一の友人を亡くした僕・湯上瑞穂は、これまた唯一の大切な思い出の相手である小学校のころの同級生に久しぶりに手紙を出す。しかし彼女は待ち合わせ場所に現れない。落胆した僕は飲酒運転をした挙句、少女を轢いてしまった、はずだった。「私、死んじゃいました。どうしてくれるんですか?」いろいろなものを先送りにできる能力を持つその少女は自分の死を先送りにしたのだった。人殺しと殺された少女による執行猶予のような九日間が始まる。三秋縋が描く退廃的で暴力的な美しさに狂おしいほど惹かれた一冊だった。実は私が初めて認識した三秋作品はこれだったのだけれど、ちょっと怖そうだから読むのを「先送り」にしていた、という思い出がある。〈魂の同窓会〉という表現がとても好き。

 

68.野﨑まど『バビロン』(小説/2015~)
東京地検特捜部の検事・正崎善は政治絡みの事件を追ううちに背後で見え隠れする悪に気付く。その正体は……。「読む劇薬」と称された、野﨑まどのシリーズもの。講談社タイガの第一回配本で、「野﨑まどの新作が読める!」とうきうきしていたらとんでもないものが上梓されて驚愕した。現在3巻まで出ており、アニメ化も果たしたのだが、一向に4巻が出ない。多くの人に読んでほしい作品ではあるが、大変なところで終わっているため、4巻の刊行予定が出てから3巻までを読んだほうが、まだしもダメージが少ないかもしれない。善とは、悪とは、ということを考える機会があるたびに、頭の中にぼんやりとあの人物の顔が浮かぶ。

 

69.森晶麿 黒猫シリーズ(小説/2011~)
若き大学教授の黒猫と、同級生で大学院生の付き人。事件に遭遇するたびに開催される黒猫の美学講義を通して、付き人は学者としても人としても変化していく。黒猫と付き人の関係性がたまらない本シリーズ。文庫で4作目まで読んだ後、迷わずに単行本で出ていた5作目と6作目を購入したのをよく覚えている。単行本の装丁がとても好きで、今度(2023年3月23日)久しぶりの新刊が出るのでとても楽しみにしている。黒猫と付き人の「口にしない」関係性がやはりすごく好きだ。

 

70.野木亜紀子掟上今日子の備忘録』(ドラマ/2015)
西尾維新忘却探偵シリーズを原作にしたドラマ。掟上今日子役の新垣結衣の白髪の異様なまでの似合いっぷりと、隠館厄介役の岡田将生との相性抜群っぷりが見ていて大変楽しい。そして特筆すべきは脚本家・野木亜紀子の「原作もの」の再構成のうまさだろう。ミステリである原作小説をところどころ映像映えするように変換したり、1つの作品として完結したものに仕上がるように今日子さんと厄介の関係性に焦点を当てたりと、2023年3月現在どこのサービスでも配信していないのが本当に惜しいほど完成度の高いドラマになっている。ドラマ今日子さんよ永遠なれ。

 

71.SBS『主君の太陽』(韓国ドラマ/2013)
事故に遭って以来幽霊が見えるようになってしまったゴンシルは、執拗に話しかけてくる幽霊たちに悩まされていたが、あるとき大手ショッピングモールの社長であるジュンウォンに触れれば幽霊たちがいなくなることに気付く。最初はゴンシルを鬱陶しがっていた冷血漢のジュンウォンだが、次第に心を開き始め……。「過去に大切な人を亡くした御曹司が好き」という私の性癖が確立された作品。一時期OSTを聴きまくっていた。

 

72.MBC『キルミー・ヒールミー』(韓国ドラマ/2015)
大手財閥の御曹司・ドヒョンには知られてはいけない秘密があった。それは過去のある事件がきっかけで7つの人格を持つ多重人格者になってしまったということ。アメリカで勉強していたドヒョンは韓国に帰国し副社長になるのだが、しばしば別人格が出てきてしまい……? 韓国ドラマでいちばん好きな作品。ミステリとしてもかなりおもしろい、というか好み。ドヒョンを最初は患者として、次第に大切な人として支えていくリジンの献身や、リジンの弟で超人気覆面作家のリオンの想いもたまらなく好き。

 

73.日本テレビ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』(ドラマ/2016)
このドラマが放送されたとき、私はまだ有栖川有栖作品に出会っていなかったが、インターネットのミステリ好きの方々の話題になっていたことなどがきっかけで観てみたら、ドラマにも小説にも見事にハマってしまった。このドラマから学んだいちばん大切な気持ちは、「好きな小説がドラマ化(映像化)されたときのスタンス」である。小説には小説の表現があるように、映像媒体には映像媒体の表現があること。関わっている方々へのリスペクトの気持ちを決して忘れてはならないこと。自分には合わないかもしれないと思ったらその時点で見るのを止めればいいということ。映像化作品を貶して騒ぐことは小説を原作として提供した作家先生に対する営業妨害にもなりかねないこと。などなどを、様々な方々を反面教師にして勉強することになった。さらに、これを機に火村とアリスを演じた俳優さんのお2人にもハマるなどした。あれからもう7年も経ったなんて信じられないほど、脳裏に鮮明に灼きついていて昨日のことのように振り返ることのできる、幸福な記憶だ。

 

74.有栖川有栖 火村シリーズ(小説/1992~)
京都は英都大学の社会学部で講義を受け持っている社会犯罪学者の火村英生は、しばしば京阪神の警察に依頼され殺人事件への捜査協力を行っている。そんな彼の「フィールドワーク」に同行するようになる推理作家の有栖川有栖。2人は学部は違うものの大学の同回生で長年の友人であり、息の合ったコンビネーションは見どころの1つである。初めて「本格ミステリ」というものを意識して読んだのがこのシリーズ。シリーズ23作目の『鍵の掛かった男』を読んだときに「人の死について描くということは、人の生について描くということなのだ」と圧倒的な筆力でもって分からされた経験は、今でも奥深くに根付いていて、だからずっとミステリを読み続けてられているのだと思う。シリーズ24作目の『狩人の悪夢』がシリーズを読み始めてから初めての新作で、素晴らしい装丁の単行本を書店で見つけたとき身体が震えたのをよく覚えている。あの頃の私はいつも火村とアリスのことを考えていて、どんな文章を読んでも火村シリーズのことを思い出していた。影響を受けた部分は、「異常だの正常だの、簡単に線引きできやしない。私こそが正常の標本です、という奴がいたらお目にかかりたいもんだ」(『朱色の研究』より)と、「とても共感などできない主義、思想、趣味でも、理解は可能でありたい」(『ダリの繭』)という2人の共通認識だ。この2場面に出会っていなければ私は、今よりもっと最悪な人間だったことだろう。

 

75.相沢沙呼小説の神様』(小説/2016~)
中学生でデビューしたもののその後の売上が鳴かず飛ばずの高校生作家・千谷一也。スランプに陥った彼に担当編集が持ち込んだ企画は、人気美少女高校生作家・小余綾詩凪との共作で……? 2人が共作することを通して「小説は、好きですか?」という問いに向き合っていく過程が繊細に描かれていて、とても好きな1冊。相沢沙呼先生の長年のファンとして、作中で語られるエピソードに胸を痛めることも多々あったけれど、その生々しさと熱量が『小説の神様』の大ヒットに繋がったので、最終的には安心した。目にするたび「小説を好き」というまっさらな気持ちを思い出せる大切な作品。

 

76.北村薫 円紫さんと私シリーズ(小説/1989~)
大学2年生の〈私〉は、大学のOBである落語家・春桜亭円紫さんと知り合い、成り行きで長年不思議だった出来事を解決してもらう。その後も〈私〉は何かと「日常の謎」と呼ぶべき事象に遭遇するのだが、そのたびに円紫さんは持ち前の聡明さで誠実に謎を解いていき……? 米澤穂信先生が北村薫先生との対談で影響を受けたと言っていて、それ以来ずっと気になっていたのだが、このタイミングで読めてよかったと個人的には思っている。日本文学専攻の〈私〉の教養の深さや興味の幅広さに憧れ、さらに『六の宮の姫君』を楽しめたなら文学研究もきっと楽しんでやっていけるだろうと考え、胸を張って文学部に進学できた。今の自分はこのときこのシリーズを読んだからあるのだ、と間違いなく言える。

 

77.鴨志田一 青春ブタ野郎シリーズ(小説/2014~)
高校1年生、5月。梓川咲太は図書館で野生のバニーガールに出会った。彼女の正体は同じ高校の2年生の桜島麻衣。現在は活動休止中だが子役の頃から芸能活動を行い様々な映画やドラマに出ては話題になっていた超有名人である。そんな麻衣の姿が周りの人から見えなくなってしまったというのだ。咲太は麻衣のことを助けるべく奔走するが……? 名作『さくら荘のペットな彼女』を完結させた鴨志田一先生が次に始めたシリーズ。空と海に囲まれた街・藤沢という舞台や江ノ電に乗って七里ヶ浜まで通学する咲太にとても憧れていて、いつか少しだけでいいのであのエリアに住んでみたいと思っている。現在刊行中のライトノベルの中でいちばん好きな主人公が咲太で、いちばん好きな女の子が麻衣さん。麻衣さんみたいになりたいし、翔子さんみたいにもなりたい。しばしばタイトルで敬遠されがちな作品だが、敬遠する方こそハマる可能性が高いので、この紹介を読んで気になったらぜひ手に取ってみてほしいなと思っている。

 

78.坂本裕二『カルテット』(ドラマ/2017)
楽家の夢を諦められない男女4人が偶然知り合い、弦楽四重奏のカルテットを結成することから始まる物語。ミステリアスな部分が多く、いくつもの展開に衝撃を受けた。いちばん影響を受けたのは「泣きながらご飯を食べたことのある人は、生きていけます」という台詞で、このドラマを見た後はずっと、悲しいことや辛いことがあって涙が止まらなくても、意地でも何か食べるようにしている。彼ら彼女らほど悲しいことも辛いことも、今の私には(過去の私にも)そこまでないのだけれど、それでもきっと泣いてしまうことはあって、そのたびに思い出しては力をもらうであろう言葉。

 

79.島本理生ナラタージュ』(小説/2005)
工藤泉には雨が降るたび思い出す記憶がある。高校時代に助けてくれた、好きだった葉山先生とふたたび会うようになった大学2年の頃の思い出。大人になった泉が大学2年の頃と、高校時代を回想する形式で語られる恋愛小説。映画化すると決まったときに気になって読んだのだけれど、すごく心囚われてしまった。泉が選んだ道も、葉山が選んだ道も、美しいと思う。小説の終わり方がとても好き。映画では違う終わり方をするのだけれど、そうなった理由も分かっていて、そちらも大好き。

 

80.恩田陸蜜蜂と遠雷』(小説/2016)
静岡で開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。書類選考を経て、大切なものを賭けて、あるいは胸に秘めて、そこに集まったコンテスタントたちの、運命の演奏を描く。4人の主人公がいる群像劇形式になっていて、小説としての完成度がちょっとありえないくらい高い。休憩も取らずに5時間以上続けて読んでいた覚えがある。読書中ずっと音楽が鳴っていた。クラシック音楽にはまるで詳しくないので、演奏される曲のタイトルを見てもどんな曲かなんてちっとも分からないのだけれど、それでもずっと、知らないはずの曲が頭の中で鳴っていたのだ。そして、音楽の物語なのだけれど、音楽だけの物語ではないのが素晴らしい。恩田陸ストーリーテラーとしての力に圧倒され、「恩田陸全部読む」企画が始まったのだが、作品点数が多い上にジャンルが多岐に渡っていて、なかなか企画を終えることができないでいる。

 

81.三秋縋『夢が覚めるまで』(小説/2017)
無気力だった僕が出会った謎の少女・ユキ。誰かに追われているような様子を見せる彼女をアパートに匿い、共同生活を始める僕だったが……。イラストレーターのloundraw先生の個展で販売された、三秋縋先生の中編くらいの分量の小説。経緯が経緯なので他の場所では発表しづらいかもしれないが、いつかは誰もが簡単に手に取れるようになってほしいものだ。三秋縋脚本・loundraw監督でこの作品の本編が映画化されることを、実現するその日までずっと願っている。きっと素晴らしい作品が出来上がるだろう。

 

82.野木亜紀子『アンナチュラル』(ドラマ/2018)
不自然死究明研究所、通称UDIラボ。死因不明のご遺体ばかりが運び込まれてくるその場所で、法衣解剖医の三澄ミコトは日々真摯に一体一体と向き合っていくが……。不自然な死の裏側にある真実を探し出すミステリドラマ。このときすっかり野木亜紀子の脚本に魅せられていた私は、野木先生のオリジナルドラマがとうとう始まるということで放送開始10分前から正座待機していたのだが、想像以上のおもしろさに心を撃ち抜かれてしまい、毎週1話当たり3~4回ずつ観ていた。会話のテンポ感の楽しさ、次第に高まっていくUDIラボのチーム感への憧れ、ミステリとしてのクオリティの高さ、襲い掛かる不条理にそれでも向き合っていくミコトたちの決意、主題歌のLemon。中だるみの回がなく終わり方も綺麗な、至高の1作である。

 

83.秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏』(小説/2001~2003)
中学2年の浅羽直之は夏休み最後の夜、学校のプールに忍び込み、女の子に出会う。翌日彼女=伊里野加奈は浅羽のクラスに転校してくるのだが、伊里野には謎なところがいくつもあって……? 最終4巻まで読んだとき、こんな作品があってたまるかと思わされたのをよく覚えている。血を流さなければ気が済まないくらいだったけれど、でもそれができないこともよく分からされていた。初読から数年経っても、私はやはりこの作品がどうしようもなく好きで、そのどうしようもなさをなんとか言葉にしていくことが、これからの課題であると思っている。

 

84.三秋縋『君の話』(小説/2018)
僕には一度も会ったことのない幼馴染がいる。彼女、夏凪灯花は僕のためだけに作られた、記憶の――正確には「義憶」の中にしか存在しない女の子だ。なのに僕=天谷千尋は夏のその日、現実で夏凪灯花に出会ってしまい……? 三秋縋の現時点での最新作にして、個人的にはこのタイプの物語の最高傑作だとも感じている。物語の最後で天谷千尋は読者にある仕掛けをするのだけれど、その仕掛けは今でも私の中に息づいていて、思考のすべてを形作っている。恥ずかしいのでこれ以上詳しくは語らない。『君の話』を読んだ方にはもしかしたら分かられているかもしれないけれど、分かっても秘密にしておいてほしい。

 

85.CloverWorks『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』(アニメ/2018)
77で紹介した青春ブタ野郎シリーズのアニメ化作品である。ここまで読んできてくださった方なら勘付いているかもしれないのだが、私にはテレビアニメを観る習慣があまりなく、好きな小説やライトノベルのアニメ化でもなかなか最後まで観られないことが多かった。しかしこの『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』はほぼリアルタイムで完走できた、唯一といってもいい作品である。5巻までの内容が大事な部分を削ぎ落さずに詰め込まれており、動く麻衣さんも他の女の子たちもとてもかわいく、大好きなアニメである。劇場版の『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』ももちろん観に行ったのだが、公開されてから観に行くまでに少し日が空いてしまい、特典の鴨志田先生の書き下ろし小説をもらい逃してしまったことを今でも悔やんでいる。「特典がほしい映画はなんとしてでも初日に観に行くべし」という教訓を授けてくれた作品にもなっている。

 

86.斜線堂有紀『私が大好きな小説家を殺すまで』(小説/2018)
〈憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て、「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で「それでも生きてくれ」と願うのが執着だと思っていた。だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった〉消えた天才小説家の知られざる顔を知っているのは私、幕居梓だけ。2人の間に何があったのかを梓の視点から語っていく、謎に満ちた昏い愛の物語。『キネマ探偵カレイドミステリー』を読んでファンになった斜線堂先生が作家と読者の話を書くということで発売前からとても楽しみにしていたのだが、予想以上に心を鷲掴みにされた。梓が冒頭で「執着」と表現したそれについて、私が一家言持つようになったきっかけの作品。すなわち、「生きていて、喋りも触れもできる人間を神様にしてはいけない」。

 

87.柴村仁 由良シリーズ(小説/2009~)
夏、少女が校舎から落ちて亡くなった。自殺と処理されようとしていたが彼女と同じ美術部の生徒・由良彼方は「彼女が絵を描きかけのまま死ぬはずがない」と主張。少女の死の真相は、そして残された少年はどうするのか。まだまだ世界には私好みの青春ミステリがあるのだな、と久々に思わされ青春ミステリへの愛が深まったシリーズ。3作目『セイジャの式日』のラストシーンが非常に印象に残っており、生活していてよく思い出すことがある。2014年に4作目の『ノクチルカ笑う』が出て、新作が出るかは不明だが、希望を込めて「2009~」の表記にした。この100作の中には他にもそういった希望が含まれていることがある。

 

88.深沢仁『この夏のこともどうせ忘れる』(小説/2019)
高校生たちのひと夏を描いた短編集。この100作の中にはシリーズ短編集や連作短編集、アンソロジーはいくつか挙がっているのだけれど、完全に独立した短編集というのはこの1冊のみだった、と今気づいた。それくらい特別な物語たちなのだ。瓶のなかに閉じ込めて何度も取り出して眺めたいような「夏」を、それでも彼ら彼女らは「どうせ忘れる」ということがとにかく衝撃的で、どうすればいいか分からなくて、とりあえずここで語られた出来事を私だけはずっと覚えていようと決心した。この年の夏は「夏」が舞台の素敵な作品がたくさん刊行されて、致死量の夏を摂取していたのをふと思い出す。

 

89.新海誠『天気の子』(アニメ/2019)
高校1年生の夏、島から家出してきた帆高は1人の少女と出会う。彼女、陽菜さんは空に祈るだけであたり一帯を晴れにすることのできる「100パーセントの晴れ女」だった! あの『君の名は。』の監督の次作ということで、日本でいちばん注目されているといっても過言ではなかったアニメ映画が、なぜこんなにも私好みの作品だったのだろう、と思うことがたまにある。(たぶん)莫大な予算を注ぎ込んで作られた最高のクオリティの作品がこんなに! 私好みなんて! ありがとう世界、ありがとう新海誠、という気持ちでいっぱいである。帆高の選択もその後の展開もラストシーンもすべてが好き。去年IMAXで観たら記憶よりもはるかにおもしろかったので、機会があればぜひIMAXでも観てみてほしい。

 

90.新海誠秒速5センチメートル』(アニメ/2007)
貴樹と明里。小学校の同級生だった2人の関係性は明里が栃木に転校したことで途絶えたかに思われたが、中学1年の夏に明里から手紙が来たことで文通が始まる。冬に鹿児島に転校することが決まった貴樹は、約束して明里に会いに行こうとするが、雪で電車がストップしてしまい……? コンビニで「One more time, One more chance」のインストが流れているのを聴くたびに泣きそうになってしまうので、BGMとして軽率に「One more time, One more chance」を流すのは本当にやめてほしいと思っている。「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の3話からなる連作短編形式になっているのだけれど、「コスモナウト」の主人公・花苗がとても好きで、幸せになってくれていたらいいなあと思っている。貴樹のように好きだった子のことを忘れられない気持ちがよく理解できるし、共感もするので(しかも2人の関係性はただの「好き同士」だけではない、もっと深いものだと描かれている)、私はこの作品がとても好きである。

 

91.tvNトッケビ』(韓国ドラマ/2016~2017)
昔から幽霊が見える女子高生・ウンタクはあるとき、自分が不老不死の守護神・トッケビを呼び出せることに気付く。トッケビは長い間自分の花嫁を探していたが、ウンタクは自分がそうであると主張し……? 基本的にコミカルなのだけれど、ところどころシリアスな展開もありおもしろい。最終話は最初から最後まで号泣していた。ウンタクが最後に取った選択と、ラストシーンがとても好き。影響を受けているというか、もしウンタクと同じ立場になったら私も同じ選択をしたいな、できる自分でありたいなとずっと思っている。ファンタジーだけれどもしかしたらそういう場面があるかもしれないから。ないとは誰にも言い切れない、よね?

 

92.アイドルマスターシャイニーカラーズ「天塵」(ゲーム内イベントシナリオ/2020)
283プロダクションの駆け出しのアイドルグループ・ノクチルは幼なじみ4人組で結成されている。生放送である事故を起こし干されてしまった彼女たちは、プロデューサーが取ってきた小さな仕事に取り組むが……? ブラウザゲームアイドルマスターシャイニーカラーズをプレイし始めてかなり初期に出会ったイベントシナリオということもあるが、すごく印象に残っている。クライマックスの海でのノクチル4人の言葉と、それを見るプロデューサーの述懐が忘れられないのだ。圧倒的な輝きを支えることも大切な仕事だけれど、よく見なければ気づくことのできないきらめきを届けることは、なかなかできることではない。難しくても、苦しくても、私は後者の働きをしていきたいと望んでいる。

 

93.杉井光『楽園ノイズ』(小説/2020~)
再生回数のために女装してネットに音楽をアップしていた僕・村瀬真琴は、高校入学早々音楽教師の華園美沙緒に正体を見抜かれてしまい、音楽の授業の手伝いをする羽目になる。そこで同じように授業の手伝いをしている冴島凛子と出会い、彼女がかつては数々のピアノコンクールで優勝を攫っていた少女だと知る。凛子の弾くピアノをもう一度聴きたい真琴は凛子にある勝負を持ちかける。まさか杉井光がもう一度青春音楽ストーリーを書くなんて思っていなくて、今でも半分くらいは夢なのではないかと思っている。真琴たちはありったけを言葉にして話し合い、それでも伝わらなかったところを音楽でぶつけようとする。読んでいて安心感があるのはそのためだろう。杉井光の過去作から思わぬ人物たちが再登場してくるのも見どころの1つ。このシリーズを読んで杉井光を一生推していこうと決意した、のだけれどそうなるとあの件について向き合わなければならず、目下のところの悩みである。

 

94.森博嗣 森ミステリィ(小説/1996~)
すべてがFになる』からの一連のシリーズのこと。S&Mシリーズ、Vシリーズ、四季シリーズ、Gシリーズ、Xシリーズ、百年シリーズ、Wシリーズ、WWシリーズ、およびシリーズ外の一部の小説のことを指す。100作と言っているのにこれだけで60冊以上あるのでずるいと言われてしまいそうだが、どこで区切ればいいか分からないため、全部で1作のカウントにした。真賀田四季という天才が想像していて、近未来が舞台のWシリーズやWWシリーズでその一端が描かれる世界には、ちょっと憧れる。この作品群を通して私は、人間とは何かという壮大な、避けては通れない問いに立ち向かうヒントをもらっている気がしている。

 

95.河野裕『昨日星を探した言い訳』(小説/2020)
舞台は全寮制の中高一貫校・制道院学園。中学2年で転入してきた緑の目の少女・茅森良子は本気で総理大臣を目指していた。まずはこの名門校で生徒会長になることが目標の茅森に、同じ図書委員だった坂口孝文は協力することになる。河野裕作品における間違いないターニングポイントである恋愛小説。扱われることの一つひとつが誠実で、真剣に読みすぎて胸が苦しくなったのを覚えている。理想の世界の実現に向けて一歩ずつ進み続ける茅森良子が血の通った人間として描かれていることがうれしかったし、このとき彼女のような人物に出会えたことは、私にとってはある種の救いだった。いくつも印象的な表現があるのだけれど、引用するには長すぎるので、ぜひ手に取ってみてほしい。どうやら今夏に文庫化が予定されているそうなので、それを機にもっとこの物語が広まってくれたらいいなと願っている。

 

96.坂本裕二『花束みたいな恋をした』(映画/2021)
明大前で終電を逃したことがきっかけで出会った大学生の麦と絹は意気投合しあっという間に恋に落ちる。なかなか就職が決まらず苦しんでいた絹を麦は助け、自分は絵を描くことで生計を立てていこうとするのだが……? いちばん印象深い場面は、書店に行ってもビジネス書ばかりを読むようになった麦を見て、絹が声を掛けるのを躊躇するところ。このシーンのせいでビジネス書コーナーに行きづらくなったではないか! 最近は少しビジネス書も読んでみようかと思っているのだけれど、ビジネス書を見るためだけには書店に行かないようにしたいと固く心に誓っている。始まり方とクライマックスと終わり方がとても好きな映画。

 

97.丸戸史明WHITE ALBUM2』(ゲーム/2010~2011)
北原春希は高校生活最後の文化祭を前にピンチを迎えていた。諸事情でバンドメンバーがいなくなってしまったからだ。春希は屋上で歌っていた校内一の美少女・小木曽雪菜と隣の席のピアノの天才・冬馬かずさをメンバーに引き入れ文化祭出場を目指すのだが……? 非常に長いノベルゲームで、集中してプレイしていたらすっかりハマってしまった。分岐があって雪菜ともかずさとも結ばれることができるのだけれど、雪菜ルートは「これぞ求めていたおもしろさ!」という感じで、かずさルートは「これぞ私が見たかったもの! 大好き!」という感じ。つまりどちらもびっくりするくらい素晴らしい仕上がりなのである。冬馬かずさが好きだからかずさルートが好きなのではなく、彼女がこういう道しか選べない女の子だと序盤から薄々感じていたからこそ、かずさのことを好きになってしまったのだろう。

 

98.八重野統摩『ナイフを胸に抱きしめて』(小説/2022)
父親が不倫の末若い女性と再婚し、母親は過労で逝去。柳川姉妹は支え合って細々と生きてきたが、あるとき小学校教師をしている姉の和奈の前に家族から父親を奪った女が現れてしまい――? テーマとなった〈復讐〉について、考え方を大きく変えられた。どう変えられたかを言ってしまえばネタバレに繋がるので詳しく説明することはできないが、去年この作品に出会えて心底よかったと思っている。未読の方で何かに、あるいは誰かに苦しめられている方は、ぜひ手に取ってみてほしい。八重野統摩先生のことは今後ずっと追いかけていきたいと思っている。

 

99.村上春樹1Q84』(小説/2009~2010)
スポーツクラブのインストラクターの青豆は、依頼されて暗殺稼業を行っていた。あるとき彼女は自らが「月が2つある世界」に迷い込んでいることに気付く。もう1人の主人公・天吾は小説家を目指している予備校の数学講師。彼はとある少女が書いた新人賞応募原稿の「書き直し」を頼まれる。2人のパートはどう重なるのか、2人は果たして会うことがあるのか? 私が『1Q84』を読んだのはつい先々月のことなのだけれど、歴代No.1の恋愛小説に認定した。振り返ってみれば私の好きな何人かのクリエイターたちはこの作品に影響されて様々なものを生み出していたのだな、と分かる。この世界で描かれたいくつものことを、私も大切にして生きていきたいし、そうできなければ生きている意味がないとすら、思っている。

 

100.宮田眞砂『夢の国から目覚めても』(小説/2021)
百合同人サークル「ゆゆゆり」の有希は、相方である由香に恋していた。けれどその想いを伝えることはできない。由香はヘテロセクシャルで、彼氏もいるからだ。2人の仲はけれど、有希が同人仲間の女の子にデートに誘われたことがきっかけで大きく変化する。「すべての女の子の気持ちが報われる世界」を目指す由香に影響されて、私も「すべての人類の気持ちが報われる世界」を作るために何かできないだろうか、とぼんやり考えるようになった。誰も男とか女とか気にしなくなったら、苦しむ人々は今より減るだろうか? 積極的に何かすることはできないかもしれないけれど、せめてずっと心に留めておきたいと思っている。現時点でいちばん、大勢の人に届いてほしい本。

 

選出する中で、年齢を重ねるにつれて作品から「影響を受ける」ということが少なくなってきていると実感した。おもしろい作品にはずっと出会い続けているからよいのだけれど、人生の岐路に立たされたときに思い出す作品にこの先100作以上巡り合う自信があるかと問われれば、首を横に振るしかない。懐古主義に陥らないように、常に気を付けて生きていきたいものだ。

 

追記3:コメントをすべて書き終えた今、上記の文章はいかにも取ってつけたような言葉だなと猛省している。その作品に触れて影響を受けたかどうかなんてずっと後になってみないと分からないもので、100作の中にここ数年で出会った作品があまり含まれていないのは当然のことなのだ。

 

私はきっとこの先の人生でも多くの作品の影響を受けるだろう。今回選んだら小説が多くなったけれど、もしかしたら漫画やゲームが加わるかもしれない。同じような企画でまったく別の作品名を挙げられる日がいつか来るのが、今はただただ楽しみである。

 

追記4:ここまで3万2千字近い文章を読んでくださった方、本当にありがとうございます! こうしてすべてを文章にするとなんだか嘘みたいだけれど、それでも誰かがこの記事を読んで気になる本が見つかったり、実際に読んでくれたりするといいなと思って書きました。また、Twitterなどでいつも見てくださっている皆様、インターネットではこれまで意図的に自分のことをあまり書いてこなかったので、今回の記事は雰囲気が違うなと思われた方もいるかもしれません。節目ということで意を決して書いてみました。私はこんなに小説や創作物と不可分なので、これからもきっと大丈夫です。これを読まれた方もどうか、永遠に大丈夫でいてください。