ささやかな終末

小説がすきです。

〈小市民〉シリーズと私

米澤穂信の〈小市民〉シリーズのアニメ化が決定した。なんでも半年後の2024年7月から放送開始するらしい。とてもはやい。アニメ化の報と同時にPVが公開され、主人公二人の声優も発表された。私の観測している範囲では異例のはやさである。まだこのはやさに理解が付いていけていないので、毎朝PVを見てはアニメ化が現実であるとたしかめている。そのたびに「素晴らしいPVだな」とおもう。アニメの放送が非常に楽しみである。

 

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そもそも今年は、アニメ化発表以前から〈小市民〉シリーズ読者にとって記念すべき一年になることが約束されていた。〈小市民〉シリーズは、『春期限定いちごタルト事件』(2004)、『夏期限定トロピカルパフェ事件』(2006)、『秋期限定栗きんとん事件』(2009、上下巻からなる)の長編三作と、短編集の『巴里マカロンの謎』(2020)の計五冊が刊行されているシリーズである。冬期限定のタイトルが付いた長編四作目にして最終作は、予告されてはいるもののずっと刊行されず、〈小市民〉シリーズファンは首を長くしたり内容を妄想したりじっと耐えたりと思い思いのやり方で冬がくるのを(=『冬期限定○○事件』が刊行されるのを)待っていた。そして昨年12月、『冬期限定ボンボンショコラ事件』が2024年4月下旬に刊行されることがついに発表され、読者はたちまち歓喜の渦に巻き込まれた。

 

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私も実は、かなり長く待った身である。〈小市民〉シリーズと出会ったのは2010年頃のことであり、そのときにはもう『秋期限定~』が刊行されていた。いつか冬がくることを、疑ったことはなかったけれど、『冬期限定~』が長編最終作になるであろうことは覚悟していたので、終わってしまうならばずっとこのまま、宙ぶらりんのままでもいいと、どこかでそう思っていた。だから刊行決定の発表から実際の刊行まで四ヶ月あるとわかったとき、そのことに安堵した。一年の三分の一あればきっと、どんな話が来ても大丈夫なように心の準備ができるから。嘘、もしかしたらできないかもしれない。でも少なくとも、高校3年生の秋までの小佐内さんと小鳩くんしか知らない私にさよならを言うことはできる。

 

小佐内さんと小鳩くん、と名前を出したので、主人公二人の紹介をここでしておこう。少女の名前は小佐内ゆき。小佐内は「おさない」と読む。おさない、は通常「小山内」と変換されるので、「小山内さん」「小山内ゆき」という誤記が多発するが、ここはぜひ一手間加えて「小佐内さん」と正しく呼んでみてほしい。小佐内さんはスイーツが好きな高校1年生(『春期限定~』当時)の女の子で、しばしば小鳩くんをスイーツ巡りに誘う。かなり小柄だが、ときにとてもたくさんケーキを食べて、小鳩くんや私たち読者を驚かせる。クラスでは大人しいタイプらしい。とても愛らしいひとであると私は思っている。

 

少年は小鳩常悟朗。小佐内さんと同級生の、〈小市民〉シリーズの語り手である。クラスでは常にニコニコしており、温和なイメージ。しかしそれは中学生の頃にある失敗をした経験を持つからで、彼のほんとうの性格は少しちがう。それは小佐内さんにしても同じこと。だからこそ二人は声をそろえて「小市民たるもの、決して出しゃばらず、日々を平穏に過ごすべし」と唱えるのである。

 

小佐内さんと小鳩くんは、恋愛関係にも依存関係にもない、「互恵関係」にある。都合が悪くなったとき、つまり「ほんとうの性格」が出そうになって平穏が守られなくなりそうなときに、お互いをフォローし合ったり言い訳に使ったりしていい、というものである。二人はかつて恋人同士だったわけでも、今好き合っているわけでも、どちらかがどちらかを好きなわけでもない。日々を穏やかに生き抜くための共闘・共犯関係、とでも表現すればよいのだろうか。この二人の関係性の絶妙さは、数々の読者のハートを撃ち抜いており、もちろん私も撃ち抜かれた一人である。

 

小佐内さんと小鳩くんは、平穏に生きたいと願っているにもかかわらず、よく不思議なことに直面する。それは最初は「同級生の女の子のポシェットがなくなった」であったり「部室においてあったよく分からない絵の意味を解いてほしい」であったり、いわば日常の謎の範疇に収まるものであるのだが、徐々に暗雲が立ち込めはじめ、気が付けば警察沙汰になるような大事件に遭遇してしまうのである。それは果たして偶然なのか、それとも小佐内さんと小鳩くんの小市民的ではない「ほんとうの性格」のせいなのか? シリーズを読み進めるにつれスリリングな展開が増え、手に汗握ってしまうのである。

 

〈小市民〉シリーズを読んだとき、私はほんの11歳とか12歳とか、そんなものであった。今となってはたいへん恥ずかしいことであるが、自分はまわりのクラスメイトとは違うと心のどこかで確実に思っていたし、それなりにいろいろな自信もあった(その後もちろん、さまざまな理由でボキボキと折れていくのだけれど)。そんな私の自意識は、小佐内さんと小鳩くんの自意識に共鳴したのだろう。一読では理解できない部分も多々あったが、だからこそ中学生、高校生になってからも幾度となく読み返し、そのたびに新しい発見があることをよろこんだ。だから私は、早くに〈小市民〉シリーズと出会えてすごくよかったと思っている。とりわけ『夏期限定~』の結末をあの頃に目の当たりにしたことは、読書の趣味にも人生にも、多大な影響を与えている、気がする。

 

〈小市民〉シリーズは私の青春の一冊でも、人生のバイブルでもあり、振り返ってみれば、ミステリのおもしろさを確信するきっかけになった作品群でもある。少ない言葉で言えば、私にとってとても大切なシリーズです、ということである。アニメがすごく楽しみで、きっと素敵なものになるからこそ、私は今の私が持つ〈小市民〉シリーズへの思い入れを、きちんと書き記しておかなければならないのである。そろそろひさしぶりに、一冊ずつじっくり読み返していきたい。あんまりにいろいろなことを思い出しすぎて、うっかり泣いてしまうかもしれないけれど、それでも。

 

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